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第2話|自販機の下にある宇宙

 放課後になると、学校の裏手にある自販機は、太陽の逃げ場みたいになる。

 傾いた光が缶コーヒーのアルミに当たって、時間の断面みたいな音がした。


 その日も僕は、用もないのにそこに立っていた。

 日差しを浴びに来たわけでもない。

 ただ、午後三時が終わったあとの空白を、そのへんの雑音で埋めたかった。

 

「やっぱりいた」


 と、背中から声がした。

 振り向かなくてもわかる。

 あの声は、昼下がりの影と同じ匂いがする。

 ふわっと、だれにも所有されない音で鳴る。


「どうしてわかるの」


 僕が訊くと、すずは自販機の脇にしゃがみこんで言った。


「君みたいな人は、自販機の裏にいるタイプだと思ったから」

「どんなタイプだよ」

「何かを買いたいんじゃなくて、落ちてるものを探してるタイプ」

「落ちてるもの?」

「ほら、こういうの」


 すずは、自販機の下に手を差し入れて、何かをつまみ上げた。

 それは、缶ジュースのプルタブだった。


「宇宙だよ」

「いや、ゴミでしょそれ」

「君はロマンがないなあ」

 すずはにこにこして、プルタブを光にかざした。

「たとえばこれが、火星の文字で書かれたラブレターだったらどうする?」

「読めないから捨てると思う」

「わかってないなあ。読めなくても、捨てられないからロマンなんだよ」


 その理屈は妙に納得しかけて、そしてそのまま納得したくなかった。


「君、なんでも拾うの?」

「うん。今朝もトカゲのしっぽ拾った」

「どこで」

「理科準備室の裏。乾いててちょっと曲がってて、可愛かった」

「可愛い・・・のかそれは」

「可愛いっていうのは、意味がないってことだよ。たとえば、落ちてるビー玉って、なんであんなに魅力的なんだろうね」


 僕はビー玉を落としたことがあったかどうか考えた。

 記憶の引き出しを開けたけど、中はぜんぶ空っぽだった。

 けれど、すずの言うことはなんとなくわかった。

 僕たちの足元には、だれにも拾われなかった物語がいくつも転がってる。


 すずは、ひとつずつそれを拾って、

 まるで忘れ物の番人みたいに、無造作にポケットに詰め込んでいく。

 そういう人間だった。


「拾ってるだけじゃだめなんだよ」

 彼女が言った。

「拾って、勝手に物語をつけて、そして手放すの。拾いっぱなしだと、ただの溜め込み魔だからね」

「じゃあ今のガムの包み紙は?」

「火星の文字で書かれたラブレターだから、今夜宇宙に返すよ。夜になったら屋上に登って、風に流してあげる。そしたら戻るでしょ」

「戻るんだ、宇宙に」

「そうそう。ラブレターって、届かないところに送るものだからね」


 彼女はそう言って、プルタブを制服の胸ポケットに入れた。

 慎重に、でも乱暴に。どちらでもあるような動きだった。


「陽太くんはラブレター、書いたことある?」

「ないかな」

「書いてみたらいいよ」

「すずは、あるの?」

「私は、一挙手一投足がラブレターみたいなものだからね。わかるでしょ?」

「わからないな」

「そっか」

「うん」


 そのあと僕たちは、しばらく並んで座った。

 自販機の横のコンクリートの縁に、ふたり分の座り心地の悪さがあった。

 だけど、不思議と落ち着いた。


 春の風はぬるくて、

 彼女の髪が風に遊ばれるたびに、何か知らない国の言葉がそこに浮かんでるような気がした。


「陽太くんって、言葉に興味ある人だよね」

「なんでそう思うの」

「話し方。あと、喋らないときの間が、何か言いたげだから」


 僕は否定も肯定もせずに、ペットボトルのフタを開けて閉めた。

 それだけでひとつの会話を終わらせられる気がしたから。


「午後三時の君も悪くなかったけど、今の君もわりと好きだよ」

「それ、ラブレター?」

「違うよ。ただのガムの包み紙のような言葉」

「一挙手一投足が、ラブレターだって」

「言葉でしょ? いまのは」

「そっか」


 そのとき、彼女の足元ーー自販機の下の暗がりに、赤い光がひとつ浮かんでいた。

 小さくて、震えていて、火星の灯のようだった。

 僕はそれを「遠くのもの」としてではなく、「これから落ちる場所」として見た。

 暗くて深い。真っ暗なのに、空間の厚みがはっきりと感じられた。


 視界が急に傾いて、地面がふっと抜けた。

 自販機の下が、深呼吸みたいに凹んだ。

 僕の身体は、それに引き込まれるように落ちていった。


 星があった。

 赤い小さな光の粒が、コンクリートの隙間の奥に浮かんでいた。

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