第11話|ファンタグレープとバスロータリーの再会
春は、誰にも祝われずにやってくる。
出会いと別れ。そして、再会。再会は、そのどちらでもありどちらでもない。だから少し混乱していて唐突だ。劇的じゃないのは、僕のせいだろうか?
花見の余韻が残る広場には、すでに誰もいなかった。ゴミ箱のふちに引っかかった紙コップが、風にゆれて音を立てていた。新しく塗られたベンチの塗装はまだ乾ききっておらず、座ると制服がほんのり匂いを吸ってしまう。そう言っていたのは誰だったか。たぶん、笹舟先輩。
駅前のバスロータリーは、たくさんの声でにぎわっていた。
制服の小学生、咳払いをするおばあさん、道案内のタブレットを持った観光客。花粉を避けるためか、マスクを二重にしている男子学生。スマホを耳に当てたままうろうろしているOL風の人。スピーカーから流れる自動案内のアナウンスは、音量が大きすぎて、かえって聞き取れなかった。
そんな人混みのなか、ベンチにすずがいた。
まるで昨日もそこにいたかのように。
僕は立ち止まった。
少し考えてから、缶のファンタグレープを自販機で買った。最初の一本はなぜか出てこなくて、もう一度硬貨を入れる羽目になった。
近づくと、すずは気づいて、でも別にどうということもなく、
「やあ」
と言った。
「しおりが探してたよ」
「知ってるよ」
「僕も探していたよ」
「それは知らなかった」すずは悪戯っぽく笑った。
ファンタグレープのプルタブを開ける音が、車のクラクションに吸い込まれた。
彼女の靴は薄く汚れていた。靴紐の片方だけがほどけかけていた。たぶん、結び直す気はなかった。
「いつからいたの?」と僕。
「たぶん、ずっと前から」
「どこか行ってたんじゃなかったの」
「行ってないよ。君たちが別の場所にいたんじゃない?」
まわりでは、誰かが誰かを待っていた。
待ちぼうけになった人が、スマホをちらりと見た。
大きなキャリーケースを転がす音がした。
ベビーカーの子どもが飽きて泣き始めていた。
「ファンタグレープ、まだ好き?」
「たぶんね。好きというより、他の選択肢を考えないだけ」
「なんか、ちょっと変わった?」
「えー、そうかな。どっちの私が好き?」
僕は答えに困ってしまった。
すずは、両手で膝を抱えて座っていた。髪が少し伸びていた。目にかかる髪が透けて、涼やかな瞳が僕の視線とぶつかる前に、僕は彼女の足下へと視線を移していた。
「春だよ」と突っつくようなすずの声がした。
「そうだね。ちゃんと春だ」
「みんな、午後三時を忘れてる気がする」
彼女がそう言ったとき、バスが一台、ゆっくりとロータリーを回っていった。
排気ガスのにおいと一緒に、いくつかの会話が遠ざかっていった。
僕は返事をしなかった。
ファンタグレープの味が、少しだけ変わった気がした。
でも、それが缶のせいなのか、僕のせいなのかはわからなかった。
隣のベンチでは、小学生が誰かをからかっていた。
日常は、すこしうるさかった。
すずは口をつぐんだ。
何かを考えているふうでもなかった。ただ黙って、風の音を聴いているようだった。
「しおりは元気そうだった?」
「うん。相変わらず元気で、無茶してる」
「なら、よかった。でも、見つける気はなかったんだと思う」
「誰が?」
「しおり」
「そう?」
「うん。彼女は、探しているという状態が好きなんだよ。いつも何かを見つけかけてる。でも、最後までは行かない」
「なんだか、冷たいね」
「そうかな。でも好きだよ、しおりのこと」
「とったつけたように」
「だとしても、最後に残るものが愛なら、とったつけたものでもいいじゃない」
あいかわらず僕はすずの足下ばかり見ていた。
春の日差しと似た声色に、なんだか不思議と納得してしまった。
とういうより、僕は祈りのような気持ちを抱いたのかもしれない。
なんにしたって、すべての関係の最後に愛が残ればいいのだと。
「で、君はこれからどうするの」僕は少し言い淀むようだった。
「どうもしないよ。バスに乗る気もないし、歩いてもないし」
「ここに座ってるだけ?」
「うん。でも、そうしてると、見えることもあるんだよ」
「たとえば?」
「たとえば……、君がこっちに歩いてくるのが見えた」
僕は笑った。
それは返事でも否定でもなかった。
すずはファンタグレープを持ったまま、立ち上がった。
僕は彼女を見上げた。彼女も僕を見ていた。
「じゃあ、行こうか」
「どこに」
「どこでもいいけど。別に、今日じゃなくてもいいけど」
彼女は、ベンチに残った小さなゴミを手のひらで集めた。
誰も気づかないような、ささやかな動きだった。
その春の午後は、きっと、何も起きなかった。
だけど、僕は帰り道で何度もファンタグレープの味を思い出していた。
甘さと、微炭酸の泡と、午後三時の音のようなものを。
遠くで、バスが出発のベルを鳴らしていた。




