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三十二話

 最強の魔術師ダマンフレールの魔の手から生き延びた少年。


 魔術試験を達成したウィータは、新たな最強の魔術師として魔法業界、さらには霧の国ブリッジランド全土にその名を轟かせた。


 新聞の表紙は一躍彼で埋め尽くされ、多くの貴族が彼を意識する。だが、話題と言うのは次第に収まっていくものだ。


 ウィータに関する話は落ち着き、悲しい悲劇が再び表紙を飾り始めていた。

 ザーッとブリッジランドでは珍しくもない雨が降る日。

 雨音がよく響く部屋の中で丸メガネをかけた青年は呆然と立ち尽くす。


「なに、部屋の中で突っ立てるのよ」


 パチっと音が鳴り、部屋の明かりがつく。

 明かりをつけたのは幼馴染のメープル・セイロンだった。


 紅葉した葉っぱの様に明るい髪をひとまとめにした彼女は絵の具で汚れた裾を下ろしながらため息をこぼす。


「誰だってぼんやりとしたい時はあるものだ……」


「だからって、突っ立てるのはどうかと思うわよ」


 じとりと目を細める彼女にウィータは鼻で笑う。

 黒茶色の髪の奥に見える瞳は黒く淀み、笑えていないのが誰にだって分かる。

 メープルは心苦しそうに壁に目をやった。


「まだ、あの子を探してるのね……」


 壁を埋め尽くす程のここら一体の地図とメモ書き。そして、時系列を辿る赤い糸が張り巡らされていた。


「キャシーはまだ、どこかに居る……」


 ボソリと呟く彼にメープルは言葉を慎重に選んでしまう。


 彼の愛猫キャシーは魔術試験の最中、通れるはずのない結界の中へ一匹入ってしまった。

 それ以降、キャシーの行方は分かっていない。


 ウィータの話によれば、まだ、生きていると見ず知らずの女性から聞いただけらしい。


 一体、どこまで信じられるのか?


 メープルは苦々しくも、できる限り元気に笑って見せた。


「だ、大丈夫よ。キャシーならきっと元気にやってるわ」


 彼女の言葉でウィータが救えたらどれだけ良かった事か。

 ウィータは壁の地図に手を触れて話し出す。


「キャシーを拾った時、あの子は死にかけてたんだ。この世界……この国で生きていくにはあまりにも儚くて……」


 声が震えて彼は話せなくなる。

 雨のせいか、空気も重くなっていた。


「ねえ、ウィータ」


 メープルは彼に少しでも前を向いて欲しいと思い、話題を変える。


「いつまでもクヨクヨしてちゃ。キャシーも悲しむわよ。だからさ、ほら、最強の魔術師様がいつまでも俯いてちゃダメよ」


 ウィータは彼女の言葉に天を仰ぐ。


 キャシーも同じ様に思うのだろうか?


 思い浮かべれば、ニンマリと微笑む白猫の姿が見えてしまう。

 みゃーみゃーと鳴いていつま、側にいてくれた。


(キャシー……僕がもし魔術試験を受けていなければ、今も君はここにいてくれたかい?)


 部屋を見渡しながらウィータは思いにふける。

 インクをばら撒いたキャシーは自分に魔法を続ける様に励ましてくれた。

 初めてシルフィードと戦った時、あの子は落ち込む自分を慰めてくれた。


(もしかすると、何もしなかったらもっと早く愛想を尽かして出ていったのかもしれない)


 あり得ないと彼は首を振る。

 ここまで進んで来た事は間違えじゃないと思えた。


 キャシーは応援してくれていた。


 今まであの子に支えられていたのだ。


(魔力のない僕を誰も見なかった。僕に魔法を止める様に言ってた。でも、君だけは魔法を続けていいって背中を押してくれたね)


 寂しい心にそっと手を当てる。


(でも、誰かに魔法を教わっていたら、君を守れたのかもしれない。危うい場所に連れて行かなかったはずだ)


 もう、道を間違えない。


 自分と同じ様に危うい道を進もうとする者を助けられる様になりたい。

 彼は静かに息を吐くと心配そうに見つめるメープルの方を向いた。


 ウィータは優しく微笑み掛けながら言う。


「心配をかけてすまない。大丈夫、僕はもう大丈夫だ。それよりもまた、袖を汚している様だけど、今度は何を描いたんだ?」


 話題を変えると初めは不安げだったメープルは、楽しそうに最近描いている絵の話を始めてくれた。

 幼馴染が楽しそうに話す中、ウィータは静かに誓う。


(もう、この部屋には戻らない……)


 真っ白な毛並みに水色の綺麗な瞳をした子猫との思い出が沢山詰まったこの部屋にいると、いつまでも探し続けてしまいそうだ。


 ウィータはそっと心に蓋をする。




 

 寂しそうな青年の背中を雨が降り続ける窓の外で静かに覗く影があった。


 長い白髪に水色の瞳をした女性。


 頭の上に乗っかる三角の耳と白い尻尾は水を浴びて垂れていた。


 彼女は冷たい水が嫌いで、雨も大っ嫌いだった。しかし、一人動けずにいた少年を励ましたいとずっと、ずっと見守っていた。


 落ち込むウィータに、わたしはここにいるよ、と言えたならば、どれだけお互いの幸せになったのだろうか。


 キャシーは窓ガラスに手を当てて思い浮かべる。


 こんな、透明な板などキャシーにとっては簡単に潜り抜けられてしまう。


 今も細い指先が部屋に入れている。


 中の暖かい空気が冷えた指先を迎え入れてくれた。でも、こんなに濡れてしまったままではウィータを困らせてしまう。


 ただでさえ少ない魔力をこんな自分なんかの為に使って欲しくない。


 彼の背中は本当に寂しそうで、今すぐにでも抱きついて寄り添いたかった。しかし、人間となった自分なんか、気づいてもらえるはずがない。


 気づいてもらえなかったのだから。

 会いたいのに会えない。

 頭と心がどうしたいのか分からずにいる。


 溢れる涙など雨と同じで流されて行くだけだ。

 窓に映るのはぐしゃぐしゃになった自分の顔だけ。


 キャシーはただ、最強の魔術師ウィータの背中を静かに見守ることしか出来なかった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

キャット転生「最強の魔術師」誕生の物語 最後まで読んで下さりありがとうございます。

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