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三十一話

 気がつくと、夜明け前の様な静けさが円形闘技場に広がっていた。

 眠っていたキャシーはぬくっと目を覚ます。


(あぁ、びっくりしたにゃ)


 最強の魔術師の魔法からウィータを守る為に飛び出したキャシー。

 自分でも何をしたのか覚えていなかった。

 キャシーは知らない魔法を使って相殺した事だけは覚えている。しかし、飛んでくる魔法の爆風によってキャシーの意識も飛んで行ってしまう。

 キャシーが目を覚ました時、ウィータは彼女の隣で深い眠りについていた。


「にゃ〜(ウィータ)」


 いつもの様に呼びかける。


「にゃ〜(起きて)」


 何気ない様子で彼を起こす。しかし、ウィータはいつまで経ってもうんともすんともしなかった。


(ウィータ? ね、ウィータ大丈夫?)


 小さな前足で必死に彼を揺するがそれでも返事がない。

 沢山、揺らしていたせいで、彼は仰向けに転がってしまった。

 キャシーはゾッと全身の毛が逆立つ。

 ぐったりと疲れて眠ってしまった彼の肌は凍りついた様に青白くなっていた。


(うそうそうそ! ダメダメ、ウィータ。ダメ!)


 彼の腕は凍り始めて動く事すら出来ずにいた。


「にゃ、にゃー(そうだ、きっと、魔力欠乏症で倒れてるだけにゃ。いつもの様にすれば)」


 念じようとする。しかし、何も起こらない。

 普段ならば何か触れる様な感覚が浮かぶ。しかし、今は何も感じられない。

 キャシーは首輪の宝石が砕けている事にようやく気づく。


(あ、あぁ……)


 慌てて辺りを見渡した。だが、誰もいない。

 休日の魔法使いガレウスも、赤黒い光線を放つ狙撃手のマックスも風を操るシルフィードも誰一人、遠い意識の中へ離れていた。

 このままでは、ウィータは死んでしまう。

 キャシーは必死に鳴き続けた。


「みゃーみゃーみゃー(誰か! 誰か! 誰か、いませんか!)」


 彼女の声は満点の星空の中へ虚しく消えていく。

 叫び続けてむせ返ってしまう。それでも、必死に助けを求めようとした。その時、耳元から、もしかすると遠くから、すぐ近くから、小鈴の様に跳ねる声がキャシーに届く。


「もう辞めて……」


 その声は悲しく、キャシーに事実を伝える。


「その子供はもう……死にました」


「ウィータは死んでにゃい!」


 受け入れられなかったキャシーはそう言いながら声の主の方を見上げた。


 次の瞬間、キャシーは怒りを忘れてしまう。


 真っ白な絹の布を体に巻き、揺らめかせている。

 目は大きくて、アクアマリンの様に美しい色をしていた。

 真っ白な髪を伸ばした彼女は大人びた姿に見えていたが、どこか子供らしさすら感じられる。


 キャシーはこの人、この方を知っていた。


「女神様?」


 女神は優しく微笑みかける。

 冗談を言ってからかう気も、困らせる気もなかった。


「突然、現れてごめんなさい。本当はダメなんだけど、でも……困っていたみたいだったから来ちゃった」


 恥ずかしそうに言う彼女にキャシーは先ほどの訳を尋ねる。


「ねぇ、どうして! どうしてウィータが死んだにゃんて言うの? 彼はまだ、まだ……」


 息はある。


 キャシーは言い切る事ができない。


「もう、気づいているでしょ? その少年は魔力欠乏症ですでに生きて得ているって」


 魔力欠乏症になったウィータは誰にも助けてもらえず、命を落としてしまった。


 キャシーも想像できなかった訳ではない。

 かと言って、そうだと認められる訳もないのだ。


 キャシーは擦り寄りながら女神に懇願する。


「お願いします。ウィータを助けて下さいにゃ!」


 キャシーの言葉に女神は痛がる様に目を瞑った。


「ごめんなさい、わたしにはどうにもできないの」


「できにゃいってどう言う事にゃ……だって、あなたは、女神にゃんでしょ?」


 謝る女神にキャシーの震える口が塞がらない。

 女神はゆっくりと訳を話し出す。


「うん、あなたの言う通りわたしは女神。でも、あなたが思うほど万能な存在じゃないの。わたしにもできない事はある。特に人を蘇らせる事はできない」


 キッパリと宣告する女神にキャシーは静かに怒りが込み上がりそうになる。

 そんな事をしてもダメだと頭では分かっていた。でも、胸騒ぎだけは続いてしまう。


「本当はあなたをこの世界に連れてくる事すら違反なの。でも、蘇らせる事はもっとダメなのよ……生者と死者の境界が曖昧になれば、喜びも悲しみも勇気も絶望も全てが出鱈目に変わってしまう。だから、わたしたちは決して手を咥えてはならないの」


 分かって欲しいと今すぐ溢れ出しそうな涙を堪えて訴えかける女神に、キャシーは牙を向ける。


「ふざけにゃいで! 今更、何だって言うの? いいからかにゃ得てよ」


 全身の毛が逆立ち、カッと燃える様に睨みを聞かせるキャシー。

 女神はジッと哀れむ様にキャシーを見下ろす。

 キャシーには堪らなく憎らしく思えた。


 一方的な睨み合いが続く中、遂に女神は子鈴の様な優しい声で語りかける。


「キャシー……一つだけ、一つだけこの子を助ける方法があるの」


 彼女の言葉にキャシーの耳は大きく反応する。

 決して聞き漏らしてはいけない。

 自身にそう呼びかけながらキャシーは女神の話に聞き入った。


「あなたが人間になればいいの」


 胸に手を当てて、張り裂けそうな思いを抑えながら女神は、ウィータを助ける方法を伝える。


「キャシー、あなたが杖を使える様になれば、彼を助けられる」


 女神の言葉にキャシーは聞き返す。


「本当に?」


「きっとあなたならできる」


 曖昧な言葉に女神ですら実感がなかった。もしかすると失敗するかもしれない。

 それでもキャシーには選択肢はなかった。


「やる、やるにゃ、ウィータを助ける為にゃら、わたし、どんな存在にだってにゃる」


 アクアマリンの様に輝く瞳は意思を固めてより強く光る。

 彼女の覚悟に女神もどこか安心した様だった。


「きっと大丈夫、あなたはすでに魔法が使えるもの。奇跡は起こるわ」


 女神はそっと両手を広げてキャシーを迎え入れる。

 暖かく、優しい香りがキャシーを包み込んだ。


 

 あなたならきっと大丈夫



 女神はキャシーの小さな耳にそっと囁いて、抱きしめてくれた。

 目を覚ました時、地面の遠さを感じる。


 前足はなくなり、代わりに細長く繊細な指先がキャシーの目に映った。


 地面に散らばった氷の破片で自身の姿を確かめる。

 真っ白な長髪に、濁りのない大きなアクアマリンの瞳をした女性がいた。


「あなたに瓜二つにゃのね……」


 違いは耳が頭に付いている事かにゃ?


 キャシーは頭のてっぺんに生えた二つのとんがった耳に触る。

 彼女は刺す様に冷たい地面を素足で歩きながら、ウィータの杖を拾い上げた。


 彼は今も静かに眠っている。


「ふふ、ウィータ。あなたはいつも、ぐったりするまで頑張るんだから」


 彼の寝顔をそっと撫でながら膝の上に乗せて言う。

 このまま、あなたが起きてくれれば、どんなに嬉しい事か。


 キャシーは願う。


 あの頃の様にウィータが抱きしめてくれる事を。


 

「始まりはあの瞬間だった」


 

 握りしめた杖は優しく輝く。


 多くの人が寂しい夜に希望を見出したあの星の様に杖の先は光る。

 頭の中に思い浮かんだ言葉が自然と口を動かしてくれた。


 

「さぁ、起きて」


 

 愛しの彼がまた、夢に向かって走れる様に、くたびれた体がまた動ける様に、キャシーは願う。


 

「ワンダー・アン・ショット」


 

 呪文を唱えたキャシーはウィータのおでこにそっとキスをする。

 祈りを込めた魔法はまるで乾いた地面に染み渡る水の様に、すぐに変化をもたらした。


 冷たくなっていたウィータの顔がゆっくりと色づいていく。


 少しずつ、静かな吐息も聞こえてきた。


 ウィータは唸りながらゆっくりと目を覚ます。


(あぁ、ウィータ……)


 キャシーは声にならない程に彼が目覚めた事を喜んだ。


(あなたが生きててくれればわたしは……)


 目を覚ました彼をギュッとしようとした。その時、ウィータがぼんやりと呟く。


「君は……誰だ?」


 彼の言葉にキャシーはピタリと動きを止めてしまう。

 人間となったキャシーに彼は気づいていない様だ。


(言わなきゃ)


 自分が人間の姿に変わったのだと、事情を話そうとキャシーは口を開こうとする。だが、彼女が言うより先にぼんやりとするウィータの意識は、ハッキリとしてしまう。


 彼は何かを思い出したかの様に起き上がる。


「キャシー!」


 彼は辺りを見渡し、キャシーを探しにいく。


「キャシー! キャシー!」


 必死に辺りを見渡した。しかし、キャシーの亡骸を見つける事はできない。

 なぜなら、彼女は人の姿に変わっているのだから。


 そうとも知らずにウィータは探し続ける。


「あ、あの」


 取り乱している彼は振り返り見ず知らずの女性に尋ねた。


「キャシー……僕の……僕の猫を知りませんか?」


 慌てる彼の言葉にキャシーは胸に手を当ててこう言いたかった。


 わたしだよ。


 だが、そんなふざけた事が言えない。


 キャシーは真実を噛み殺してしまう。だって、あんなにも苦しそうな彼の顔を困らせる訳にはいかないと思ったのだ。


 ウィータは焦りと不安、悲しさで顔をくしゃくしゃに歪めている。


 色んな気持ちがぶつかり合ってポロポロと涙が溢れていた。


 今の彼に自分がキャシーと言っても信じてもらえるのか?


 確信が持てなかったキャシーは、あちこちを探して回る彼にこう言った。


「あなたの猫……白猫は、起きてどこかに逃げてしまったにゃ……」


 涙が溢れ、しゃっくりを繰り返すウィータにキャシーは安心してもらいたいと嘘をついた。

 ただ、生きていると言う本当を残して。


「大丈夫にゃ、驚いて逃げて行っちゃったにゃよ」


(あぁ、今自分がどれほど酷い顔をいているのかにゃ)


 口角の硬さから想像してしまう。


 ウィータは呆然と立ち尽くしながら口をパクパクさせる。

 言いたい事が纏まらずにいるのだ。


 ゆっくりでいいと思いながら彼を見守る。


「ほ、本当……何ですか?」


 キャシーは静かに頷く。


「うん、本当にゃ」


 彼女の心の中ではずっと叫び声が響いていた。


 気づいて、わたしはここにいるとずっと胸の内で叫び続ける。


 ウィータがキャシーの話をどれだけ信じたのか、ふらつく足取りで探しに行こうとした。

 ふと、彼は助けてくれた女性が何者なのか尋ねようと振り返る。


「あの……あなたの名前は?」


 彼が言い切ろうとした。その時、夜空が砕ける。


 最強の魔術師ダマンフレールの存在が消えて、結界が崩れてしまう。


 真っ暗な空に灰色の光が差し込む。


 崩れていく結界の外では慌ただしい音がしていた。


「やべ、魔法協会に、星の剣じゃん! わたくし、死にたくないのでここいらで退散! 退散!」


 ウィザーロードに占拠されていたオータル闘技場に魔法協会がようやく、駆けつけたのだ。


 外の騒ぎに気を取られていたウィータはふと、白い女性の方を見る。しかし、彼女はもうどこにもいなかった。

あやしいものじゃないよ、あやかしだよ。

どうも、あやかしの濫です。

あと少し早く彼が気づけていれば、きっと、彼らはすれ違わなくて済んだかもしれません。

あと少し勇気を持って話せていれば、きっと、遠く離れる必要はなかったのかもしれません。

ただ、あのままとどまり続けることはキャシーには出来ませんでした。

彼女は試験の部外者でありながらあの場にいた。ウィータの敵になりえたのです。

そして、外では魔法協会が事態の収拾のために乗り込んできました。そこには紫のマフラー、赤のステッキなど二つ名を持った魔法使いたちが来ていたのできっと、余計な混乱が起こっていたかもしれませんね。次回、キャット転生最終話 最後までぜひ、見届けてください。

興味を持った方、面白いと思って頂けたらば、ぜひ、ブックマーク高評価よろしくお願いします。

他作品も書いていますのでよろしければ、そちらも読んでいただけると嬉しいです。


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https://x.com/28ghost_ran?s=11&t=0zYVJ9IP2x3p0qzo4fVtcQ

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