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わたくしが髪を結った方は、その日、負けません ~「髪結いなど下女の仕事」と婚約を破棄されましたので、裏通りに店を開きます~

作者:くらたん
最新エピソード掲載日:2026/08/15
「君は夜会で人の髪を触る。髪結いなど、下女の仕事だ」

 春の宮の夜会で、そう言われて婚約を破棄されました。

 わたくしはレナーテ・オルトマン。十九。伯爵家の娘ですが、家は借財で傾いており、取り柄は母から習った髪結いだけです。

 母は王都の裏通りの髪結いでした。父がその人を娶ったので、わたくしは十九年、同じ言葉を聞いて育ちました。

 だから、言い返す言葉を持っていません。

 かわりに――隣に立っていたご令嬢の、落ちかけた編み込みを直しました。三十を数えるあいだのことです。

「代金は、結構ですわ。……最後ですから」

 五日後。裏通りに、母の店を開けました。看板はありません。何と書けばよいのか、分からなかったからです。

 戸を開けると、近衛の外套の男が一人、立っていました。

「今日はいい。後ろを先に」

 その後ろにいたのは、今日が登用試験の、十六の娘でした。

 この店に来るのは、「今日だけは負けられない日」を持った人ばかりです。初めての出仕、御前の立ち合い、十一年言えなかった求婚、離縁の申し立て、女官筆頭の選考――。

 わたくしがするのは、その人が本当に怖がっているものを、鏡越しに先に見つけることだけ。喉を隠している人の喉を出し、兜が回る人の結い目を下げ、耳を出して、袖を留める。

 夕方、その人が走って戻ってきます。

「受かりました!」

「わたくしは何もしておりません」

 でも、いつのまにか、戸口の上に板が掛かっています。大家が勝手に掛けたのです。

 『わたくしが髪を結った方は、その日、負けません』

 わたくしは淡々と、その方の良いところを引き出す髪結いをしているだけなんですが……。
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