004話 うまいものが食いたい
「お屋形様、昨夜は申し訳ありません。私が皆を抑えなければならなかったのですが」
「あはは、それは仕方ないさ。こういう洗礼は、どこにでもあるもんだろ。俺も潰れるまでのんだのは久々だけど、楽しく飲めたよ」
「皆も、お屋形様が決して断らず、求めに応じて必ず毎回杯をあけていたのに驚くと同時に、お屋形様の真面目なお人柄を感じられて楽しかったと申しておりましたよ」
「あはは、真面目って言われちゃうと、それはどうかな?って思うけど、楽しんでくれたなら無理してでも飲んだ甲斐があったよ。でも、次はなんか対策しとかないとな」
だって、リュリュにまた怒られちゃうもんね。俺の分だけ水にすり替えとくとかどうかな?って、こんなこと考えてる俺のどこが真面目なんだ?
「いえ、私より皆にはきつく申しましたので、次回からは……多少はマシにさせますので……」
おお、 ゲンゴーにしては、珍しく歯切れが悪いぞ?やっぱり、そんな感じか……やっぱ、俺だけ水作戦しかないな。
「ところで、 ゲンゴー。そろそろ目的地じゃないのか?」
さすがにこの泥の道、そろそろ勘弁してくんないかな?詰所のある一帯は街道が通る連続したちょっとした高台、要するに川の自然堤防ってやつ?にあるから、領都から来た時はあんまり気づかなかったけどさ。
ちょっと道からそれると、途端にベチョベチョドロドロのぬかるみだらけ。地元のにーちゃん、バンザイことカンベが先導してマシなところを選んでくれてるはずなのに、これはすごいな。来るんじゃなかった。あ、あいつ、カンベっていうんだってさ。まあ、それはどうでもいいけど。
このトーガル平野はさ。領都周辺から北西に向かって流れるエワーク川が作った沖積平野っていうやつなんだよね。エワーク川の本流は領都を取り囲む山々から小川の流れが集まって、領都ヒロサーグ付近では比較的大きな流れになる。ただ、領都付近ではまだまだ川の勾配があって流れが早いから小さな小舟くらいしか使えなくってね。
そのちょっと下流のフンチャーグ辺りで大きめの支流が合流して、それでおこる乱れが治まったあたりで、ようやくそれなりの大きさの川船が使えるようになるんだ。その辺りからは川幅はさらに大きくなって、川の流れが極端に緩やかになるからね。
実は、そこに作られた村がボードサリューってことなのよ。領都からフンチャーグ経由の街道使って徒歩2、3時間って距離だな。要するに、領都にとって、ここボードサリューは、川を使った水運の玄関口になるわけだ。
ここから川はほとんど勾配のないところを北西に流れてトレーズで海に流れ出る。トレーズはここから徒歩1日半ってとこかな?それでそのまんま海に出るのかっていうと、普通はトレーズの港で川船から海船に荷物を積み替えるんだ。あ、知ってたかな?海用の船と川用の船は形が全然違うんだよ。簡単に言えば、海船は水面下の船底がとんがってるけど、川船は平らなの。まあ、ちょっと考えりゃあ、当たり前と言えば当たり前だよな。
ともかく、これまでは、交易なんていえるほどのことは、ほとんどできてなかったんだよね。親父が前の王様から頼まれて兵糧送ったりはしてたみたいだけど、そこを一歩進めてさ。川と海を使った交易を活性化させたいんだよね。だって、そうすりゃ稼げるし、王都とか聖都から戻ってくる船にはうまいもの満載でしょ?絶対やらないと。えと、その、ともかく、領の発展にとって、交易は欠かせないってことだよな!
というわけで、ここをいわゆる河川港として整備するにあたっての問題点が、この泥。つまりさ、ここから下流はほとんど勾配がないのよ。水が流れて出ていかない。下手したら満潮時にはトレーズから海水が逆流してくるまである。拠点にする施設とかはちょっとした高台に作ればいいし、実際そうしてるわけだけど、けど、まわりがこの状態じゃ発展できないし、そもそも拠点を支える食糧が領都からの支給だのみじゃダメでしょって。
だから、この平らなだだっ広い湿地帯から水を抜いて農地にしたいわけよ。いくらなんでも小麦は作れんかもしれんけど、水稲ならちょっとぐらい湿っぽい土地でも、というか、水が豊富にあるとこじゃないと作れない作物やん。ここ、それにぴったりじゃん?
ま、ちょっと寒さが心配ではあるんだけどさ。でも、俺、コメわりと好きなんだよね。寒さ対策はゲンゴー配下の農業技術者がなんとかしてくれんでしょ。来る途中でも、拠点エリアの近くの早めに整備が終わってるとこで試験的に田植えしてたし。うん、心配ない。たぶん。
とにかく川から水が入ってこないように堤防を作りまくる。川の蛇行して曲がった部分をショートカットするように水路を掘ってまっすぐに流れるように川の流れを変える。出来るだけまっすぐな川にすれば船にとっても都合いいしね。
そして、湿地帯から排水する排水溝をこの泥だらけの場所に何本も何本も何本も作りまくる。もちろん、下流側の川への排水口から作り始めて、ちょっとづつ高い方にむかって溝を掘り進めていくわけよ。水が川まで流れて行かなきゃダメだからな。ちゃんと傾斜とか高低差とか測って、計画的に作らないとダメらしい。
だから最初のうちは、とりあえずこの拠点エリア周りに堤防を作りつつ、 ゲンゴーとその配下のジンデンがこの辺り測量しまくって計画をたてたんだって。 ゲンゴーが計画図面見せながら遠慮がちに自慢してた。確かにすごい。こんな泥の中、どうやってこんなに歩き回れたのか?って聞いたんだけど、答えは単純、冬に歩き回ったんだってさ。なるほど、凍ればぬかるまないもんな。
でもさ。不思議だと思わん?このドロドログチョグチョの沼地だよ?溝なんて掘れるの?って。冬に掘るとしたって、雪が溶けたら雪どけ水もきて、片っ端からグズグズに崩れて埋まっちゃうんじゃないの?って思わん?
だからさ。溝っていうと、つい地面から垂直に四角く掘るイメージだったけど。え?そうでもない?そうかなぁ?うん、だから、実際そうじゃないんだって。わりとゆるやかな傾斜をつけて、下が尖ってる三角の形?つまりVの字に掘るんだって。そう言われればそうなんだけど、割と目から鱗だよね?んで、できた斜面、のり面っていうの?これが崩れないように藁とかで作ったムシロで覆いまくって、木組みして留めておくんだってさ。へぇー、掘るだけじゃないんだ!ってさ。
ね?現場みたくなるやん?
もう、脚はドロドロのベチョベチョのグッチョングッチョンだけど……やっぱ、見たいなんていうんじゃなかった。来るんじゃなかった。
「もう僅かだはんで、けっぱれけっぱれ。お屋形様が行ぎてぇってらんだはんでな。ほれ、けっぱれ、けっぱれ」
はい。わたしが行きたいと言いました。ごめんなさい。がんばります。
だってさ、とりあえず現場くらい見ておかなきゃって思うやん。いくら ゲンゴーが連れてきた技術者たちが優秀で任せておけばいいと言われてもさ。領民を賦役でかりだしてるんだからさ。そこは、領主として……やっぱ、トップがこんなとこまで出張って来ちゃ現場が混乱するだけかもしれんな。うん、もう二度と来るのはよそう。
「お前だち、けっぱってらな!? ご領主様が来てけたずや!」
「おろあ、領主さまが来てけたんずな?」
「なすに来たずや?」
「分がねばて、怒られるんでねべか?」
「どひゃーよ、我だっきゃ、悪りごと何もしてねばて」
「へば、我んど、どせば良いんず?」
「なんも、なんもや。悪りことしてねんだはで、このまんま続げてれば良ど思るんだばて」
ほら、やっぱり、急に領主なんかがきたら、混乱おこるよね?うん、もう来ない。それがいい。
「お屋形様、彼らがここの排水路を作っている領民たちです。彼らにひとことお願いできますか?」
「いいよ、別に。邪魔しちゃ悪いやん。俺は見に来ただけだから」
俺はそういったんだぜ?
「お前だち!ご領主様がお前だちさ、お言葉を聞かへでけるはんでな!そのまんまで良はんで、黙って聴ぎへ」
おい!カンベ、お前、俺のいうこと聞いてなかったのか?
「お屋形様、よろしくお願いします」
マジかー。こういうの、俺、苦手なんだけどな……とりあえず、自己紹介ぐらいしとけばいいんかなあ?
「コホン。俺は、ノブ・トーガルだ。このたび、親父の跡をついで、この地の領主になった」
あ、自己紹介終わっちゃった。どうしよう?自分の好きなものとか紹介してる場合じゃないし。そだな、やってもらってる仕事の重要性とかを説明して、自分たちの仕事の意義とかが理解できれば、やる気がでるのかな?だから、えと……
「ここの土地はな、俺たちの領地の未来がかかってる重要な土地なんだ。周りを見渡してみろよ。とにかくだだっ広い、平らな湿地帯だ。この一面の湿地がぜんぶ畑になって、コメっていう作物が作れるようになれば、もうトーガルの領民は食うに困らない。コメってのは結構うまい穀物だ。みんなが腹一杯うまいものを食えるようになる」
しかし、これまでは、作った端からみんな税で持ってかれてるからな。あんま説得力ないかなぁ?
「みんなは、俺がそんなこと言ったって、作った作物は、どうせ税でほとんど持っていくんだろとか思ってるか?」
俺は、仕事の手をとめてこちらを見ている人たちをみまわす。うん、なんだかキョトンとしてるやつも多いけど、そうだという感じにうなづいてるやつもいるな。
「いいか、ここはトーガルだ。北の最果ての辺境だ。冬はめちゃ寒くて、夏はドロドロの土地でロクな作物も育たん。だけどな。でもな、この土地のいいところは、中央からの目が届きにくいところだ。アイツらこんな辺境までわざわざ見に来たりはしない。わざわざこんなドロドロの中には絶対にこない。だから、俺たちがここでなにしてたって、黙ってりゃバレやしない」
うん。だからこそ、リュリュや ゲンゴーはうちに来たんだし、そういう目から隠れるのにちょうどいいからこの地に住んでる。まあ、水運と農業の可能性に気がついたってのもあるけどな。その辺の話はゲンゴーが親父に話をしてて、結構な資金をゲットして、すでに開発にも手をつけてるわけだからな。
辺鄙な場所なんだけど、実は、この川と海を通れば、大陸中央の西寄りの王都・聖都の近くまで割と簡単に行き来できちゃう。まあ、東にある帝都までいくのは、かなり北上して領の北端を回り込まないといけないし、だいぶキツいんだよね。あんまり付き合いたくない奴の領地沖も通んなきゃいけないし、帝都には海路ではいきたくない。まあ、わざわざ辺境北端をまわりこんでうちに来るやつも滅多にいないし、そういう意味では、帝国の眼を盗んで、西側の経済圏とは行き来し放題ってことで。
あ、ちなみに、中央の役人どもはもともと海路なんか使わないよ。だいたいは陸路を駕籠に乗るか普通は徒歩でえっちらおっちら歩いてくる。船ってのは、貨物用ってのがアイツらの常識らしい。難破のリスクあるからね。確かにシケたら怖いもんな。俺だって急がない移動なら王都にいくのにも陸路を使うし。公式には海路は使わないことになってる。
「中央にバレなきゃ、いくらコメを作ろうが、中央には上納しなくていい。ナイショで増やした分は丸ごと俺たちのもんだ。俺たち、つまり、領主とお前ら農家の取り分が増える。もちろん、税は納めてもらう。だけど、ぜんぶ取ったりはしない。増えた分の半分は、おまえら農家の取り分だ。仲良く山分けといこうぜ」
なんか、みんな神妙な顔でシーンと静まってるんだけど……あれ?俺、なんか変なこと言っちゃいました?
「ご領主様、本当に、我んど、本当に自分で作ったものっとば、腹一杯に食るようになるのが?」
「俺は領主になったばかりで、正直みんなのこれまでの苦労はあまり分かってない。言えることは、いままでは、こんな沼地では作物はとれなかった。食い物が足りないから、みなの腹に十分に行き渡ってない。領主家の一員としては、なかなか手を打てなかったのは詫びるしかない。すまなかった」
あ、コイツらには、給食出してるんだったな。マズイらしいけど。
「いまここで働いてくれる者たちには食い物を配給をしてる。だが、うまいものは少ない。それもすまん」
俺は頭をあげて、もう一度見回す。
「だが、もう少しだけ我慢してくれ。みんなが一所懸命働けば、ここからうまいものが穫れるようになる。うまい食い物が増える。皆がうまいものを食えるようになる。そんな未来を来させようとしている。だから俺は、今日その第一歩を見に、この泥の中をやってきたんだ。みんなだって、うまいものを食うためだと思えば、なんだってするだろ?」
「んだ。こった所さまで来てけだ領主様ははじめてだいな」
「言われでみれば、んだの」
「我は、旨ものば腹一杯に食ってみて」
「だばっておん。そしたこと、信じていんずや?」
「信じても信じなくても、どっちでもいい。どうせ、お前らは、すでに、ここではたらいてるんだ。やることは変わらん。でもな。ひとつだけ言っておくとな。俺は約束を守る男だ。これまで、人との約束を破ったことはない」
うん。だって、これまで俺は領主じゃなかったし、責任ある立場ってわけでもなかったから、あんまり人と重要な約束をすることなかったもんな。だから、俺が自覚できてる範囲では、約束を破ったことはないと思うぞ。うん。ほんとのことを言わない時があるぐらいで。だから嘘じゃないぞ。
しかし、あぁ、余計な約束しちゃったかなぁ?半分やるってのは、どうだったんだろ?でも、まあ、たぶん、そんなもんだよな。山分け折半が一番わかりやすくていいだろ?
ここに集まった俺以外のみんなは優秀だし何とかしてくれるだろ。なんとかしようと皆が頑張ってるんだからさ。
俺の言葉を聞いたみんなは、半信半疑ながらも、俺の言葉に感銘をうけたようで、口々に俺を褒め讃えだした。よし、俺も中々の人気者だ。まぁ、多分、こうやって領民のやる気を高めて回るのが、領主の仕事だろうからな。
「我だば、旨ものば腹一杯に食ってみて!」
「我も旨もの腹一杯に食いて!」
「旨もの食いて!」
「んだ。我んど皆して、旨ものとば腹一杯に食ってみて!」
うん。なんだか意見はまとまったようだな。食うことばっかりかよ。
「んだば、お前たち、作業さ戻れ!旨え食い物ために、頑張りへ!」
そうして、とりあえず、俺の挨拶(?)は一旦終了して、あちこち様子を眺めてまわった。
排水溝というか、Vの字に凹んだ地面の底の方には、小さな流れができている。たしかにちょっとづつだが排水されているようだ。すでに春が終わり、もうすぐ夏がくる。雪解けのころはもっと水量はあったらしいがそれも一段落したらしい。おかげで、だいぶ作業が捗るようになったらしい。
それから俺たちは休憩がてら、近くの飯場に立ち寄った。アイツらがメシ食ってる場所だな。そこで配給メシ食ってみた。うん。これはマズイ。キッパリとハッキリとマズイ。
なんだかよく分からん雑穀と豆を炊き込んであるんだけど、とにかく歯応え?いや、つぶが小さいから歯で噛む感じじゃないから、口ごたえかな?なんか違うか? とにかく、つぶつぶがジャリジャリと全体的に硬い食感。川魚の塩漬けをおかずにかき込むわけだが、とにかく塩辛さで誤魔化しながら口内を通過させて腹を満たす儀式だな。
驚いたことに、リュリュが作ってくれたスープに似たようなスープもつく。似たような別物。優しさは一欠片もなく、これもとにかくしょっぱい。いや、肉体労働者にとっては、この塩辛さこそが優しさなのかもしれないが。こんだけしょっぱいと、雑穀煮で誤魔化すしかない。でもマズイ。でも腹一杯にはなる。
うん、はやくなんとかしないと。うまいものを腹一杯食いたい気持ちになるな。
- - -
「ノブ様、おかえりなさいませ」
「ああ、疲れたよ」
「お食事になさいますか?お風呂になさ──
「風呂!とにかく、風呂!」
(つづく)
あとがき
どうも筆者です(^^)/'
あの後、とりあえず、「あらすじ(作品紹介)」なるものをでっち上げて掲載してみました。さすがに本文からのコピペじゃあねぇ。冒頭2行は……浅はかですいません。
実は、何を隠そう(隠れてない?)、この作品のモチーフにしてる史実があります。それで、その史実だと、ノブに相当する人物が領地に戻るのは、兄と父親が亡くなった翌年なのね。ていうか父親が亡くなったの12月だし、気づけよ!って感じで(^.^;A
というわけで、関連する数字を少し修正しました。まあ、それほど支障はないでしょ。と思ったんだけど、そうすると、お家騒動に早くとりかからないとヤバイ!
あと、トーガル方言って言い方、なんか変だなぁ?と、トーガル弁? いいや、もうトーガル語と言いきっちゃえ!西洋なら、方言みたいなもんでも、それぞれナントカ語っていってるもん。まあ、そんなもんでしょ。
というわけで、いろいろ微修正してます。申し訳ありませんm(._.)m
今後ともどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
なお、この物語はフィクションであり、登場する人名、地名、言語(方言)、調味料、地形、食品、灌漑技術、水運技術など、すべて架空のものです。過去も含め実在する人物や場所、その他の事物とは、ちょっとだけ関係あるかもしれませんが、そのまんまじゃありません。
万が一、それぞれの専門家の方がご覧になって、いろいろツッコミたくなったって場合は……おもろいと思うから是非ツッコミ歓迎いたします。よろ(^-^)/'
にしても、最後、「それとも……うふ♡」っていう暇なかったやん!(>_<) え?な、なんのことかなぁ?(^.^)




