■第3話 遭遇率のバグと、終わらない初陣
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本編スタートです。
ギルドで教えられた『緑の草原』は、東門を出てすぐの場所にあった。
風に揺れる草の海。いかにもスライムやウサギが出そうな長閑な風景だ。僕は意気込んで重い鉄剣を構え、草むらを踏み分けた。
……が、出ない。
一時間歩き回っても、魔物はおろかただの虫一匹飛び出してこない。
「おかしいな……何かコツがあるのか? それとも、あのチート勇者が乱獲して絶滅したとか?」
仕方なく、僕は恥を忍んで一度ギルドへ戻ることにした。ついさっき大爆笑されたばかりの扉を開けるのは気が重かったが、背に腹は代えられない。
「あの、角ウサギに全く遭遇しないんですが、何か特別な匂い袋とか、誘き寄せる道具が必要なんですか?」
受付嬢は目を丸くして首を横に振った。
「いえ、緑の草原なら、一歩足を踏み入れれば普通はすぐに遭遇しますよ? むしろ向こうから突進してくるくらいで……」
僕が受付嬢に尋ねた瞬間、背後の酒場スペースから下品な笑い声が飛んできた。僕の質問は、昼間から飲んだくれている他の冒険者たちに丸聞こえだったのだ。
「ギャハハハ! おい聞いたかよ! ステータス一桁の剣士様、魔物にも相手にされねえらしいぜ!」
「そりゃそうだろ! 角ウサギだって、あんなヒョロガリの肉なんて食っても不味そうだし、魔石の養分にもならねえって本能で分かってんだよ!」
「違いねえ! 殺す価値も威嚇する価値もねえってことだ! ギャハハハハ!」
またしてもギルド中がドッと嘲笑の渦に包まれる。顔にカッと血が上るのを感じた。
僕の運が悪いだけなのか? それともあいつらの言う通り、僕の一桁のステータスがあまりにも低すぎて、魔物にすら認識されていないのだろうか。
そして、草原に再び足を踏み入れた、その途端だった。
ガサガサッ!!
「うおっ!?」
目の前の草むらが勢いよく揺れ、額に鋭い一本角を生やしたウサギ——角ウサギが飛び出してきた。本当に一歩足を踏み入れた瞬間の出来事だ。
「よし、来たな! ちょっと待てよ……!」
僕は慌てて腰の木箱を開け、神官の少女からもらった『初心者お助けポーション』の赤と青の小瓶を立て続けに呷った。甘ったるいシロップのような味が喉を通り抜ける。
ドクン、と心臓が跳ね、体が少しだけ熱くなった。「ほんのり」とは聞いていたが、鉛のように重かった安物の鉄剣が、今はなんとか片手で振り回せそうなくらいには軽く感じる。
「いける! これがポーションの力……!」
迫り来る角ウサギの突進を躱し、僕はがむしゃらに鉄剣を振り下ろした。
ギャインッ! という短い悲鳴とともに、角ウサギが光の粒子……などにはならず、生々しい肉の塊となって草むらに転がった。ゲームとは違う。紛れもない現実の命のやり取りだ。
「ふぅ……よし、初勝利! ええと、魔石を回収するんだっけ」
剣についた血を草で拭い、しゃがみ込もうとした瞬間。
ガサガサガサッ!!
「え?」
茂みの奥から、二匹、三匹と新たな角ウサギが姿を現した。いや、三匹じゃない。五匹、十匹……見渡す限りの草むらから、赤い目をした角ウサギが次々と湧き出してくる。
「嘘だろ!? なんでこんなに!?」
休む間もなく、四方八方からの突進攻撃が始まった。
僕は悲鳴を上げながら、ただひたすらに鉄剣を振り回した。頭を使って立ち回る余裕なんて微塵もない。完全に脳筋の力技だ。
一匹叩き斬っては次が飛んできて、蹴り飛ばしては斬り捨てる。
息が上がり、腕の筋肉が悲鳴を上げる。ポーションの効果時間は約一時間。それが切れたら、一桁の低ステータスに戻ってしまい、この重い鉄剣は振れなくなる。
「クソッ、クソッ! 相手にされねえんじゃなかったのかよ! 大雑把な神様めえええっ!!」
汗と泥、そして魔物の返り血にまみれながら、僕は無我夢中で剣を振り続けた。
——それからどれくらい経っただろうか。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ようやく周囲から殺気が消え、僕はその場に大の字で倒れ込んだ。全身の筋肉が痙攣し、指一本動かすのも億劫だ。ポーションの効果も完全に切れている。
ふと顔を横に向けると、周囲には見渡す限りの角ウサギの死体の山が築かれていた。その数、ざっと百匹以上。
「……冗談じゃないぞ、マジで」
出ない時は全く出ないのに、出た途端に怒涛のエンカウント。僕の魂がチートを弾いたせいで、何か世界のシステム的なフラグまでバグってしまったんじゃないだろうか。
「あー……魔石、回収しなきゃ……」
泥だらけの手で顔を覆う。
息も絶え絶えになりながら、これから百匹分の魔物の胸をナイフで捌き、血まみれになって魔石をえぐり出すという、精神的にも肉体的にも最悪な解体作業が僕を待っていた。
これが、チートなし・低ステータス異世界ライフの赤裸々な現実だった。
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