■第23話 異常な敏捷性と、黒猫の宝箱
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迷宮都市バベルの地下迷宮、中層。
そこに生息する魔物たちの強さは、事前の想定通り……いや、僕のレベル15に達したバケモノステータスと、魔法ポーションの組み合わせの前では、正直言って「上層よりちょっとタフになったかな」程度でしかなかった。
「ファイヤー!」
燃え上がるポイズンスパイダーを斬り捨て、ハイゴブリンの集団をウォーターで撹乱して一掃する。戦闘自体は実にさくさくと進み、ドロップする中層の高品質な魔石で腰の袋はあっという間に膨れ上がっていった。
だが、数日間にわたる中層探索を終えてギルドに帰還した僕は、かつてないほどの疲労困憊でカウンターに突っ伏していた。
「はぁぁ……疲れた……」
「お疲れ様です。……お怪我はないようですが、随分と消耗されていますね。まずは日課の鑑定から済ませましょうか」
山盛りの魔石を受け取りながら、眼鏡の受付嬢がステータス測定板を指差した。
言われるがままに手を置くと、淡い光が新たな数値を形作っていく。
【レベル:18】
【筋力:145】
【体力:140】
【敏捷:165】
「おや……さらにレベルアップしていますね。それにしても……」
受付嬢は眼鏡をクイッと押し上げ、測定板の数値を不思議そうに見つめた。
「敏捷性の上がり方が、他と比べて異常に高くなっています。まるで、休む間もなく回避行動を取り続けて限界を超えたかのような……一体、中層で何をしていたんですか?」
「いや、魔物は全然平気なんですよ。ただ……『罠』が厄介すぎて」
僕はため息混じりに愚痴をこぼした。
「毒矢は飛んでくるわ、落とし穴は急に開くわ、天井から酸が降ってくるわで……。戦闘中も歩いてる時も、ずっと足元や天井に神経を尖らせて回避ステップを踏み続けなきゃいけないから、敏捷性が上がるのも納得ですけど、精神的にどっと疲れるんです」
その言葉を聞いた瞬間、隣のテーブルでエールを飲んでいた中堅パーティのリーダーが、目を丸くして身を乗り出してきた。
「おいおい兄ちゃん。まさかあんた、中層の凶悪な罠を全部『自力(カンと反射神経)』で避けてたのか!?」
「え? はい。軌道がスローに見えるんで気合で避けてますけど……」
僕の答えに、リーダーの男は盛大に酒を吹き出し、受付嬢は頭を抱えて深々とため息をついた。
「いくらステータスが高くても、迷宮の罠をすべて肉体的な反射神経だけで回避し続けるなど、正気の沙汰ではありません。普通のパーティには、罠を発見・解除するためのスキルを持つ『盗賊』がいるものです」
「当然だろ! 罠の気配にずっと怯えながら探索してたら、魔物と戦う前に神経がすり減っちまう! ソロの兄ちゃんには罠を解除する仲間がいないんだから、専用の『対策アイテム』に頼るのが常識だぜ!」
先輩冒険者の言葉に、僕はハッとした。
チート能力もなく、頼れる仲間もいないソロの脳筋冒険者である僕は、「アイテムに頼る」というごく当たり前のファンタジー知識がすっぽり抜け落ちていたのだ。ポーションにはあんなにドップリと頼り切っているというのに。
「対策アイテム……! それってどこで手に入るんですか!?」
僕が勢いよく身を乗り出すと、受付嬢が一枚のメモをサラサラと書いて差し出してくれた。
「この街の西区にある『黒猫の宝箱』という魔道具と探索アイテムの専門店です。少し値は張りますが、迷宮探索に必須の罠探知アイテムなど、優秀な品が揃っていますよ。貴方様なら資金の心配はないでしょうから」
「なるほど! 教えてくれてありがとうございます!」
疲労感も吹き飛び、僕は大量の魔石の換金で得たずっしり重い金貨の袋を受け取ると、すぐさまギルドを飛び出した。
目指す西区は、少し入り組んだ路地が続く静かなエリアだった。
迷路のような裏通りをメモを頼りに進んでいくと、やがてレンガ造りの古びた建物の前に、尻尾を立てた黒猫のシルエットが描かれた看板を見つけた。
「ここだな……『黒猫の宝箱』」
僕は少しドキドキしながら、アンティーク調の重い木製の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。
カランカラン、と澄んだベルの音が店内に響き渡る。
仄暗くも神秘的な光に包まれた店内には、見たこともないような怪しげな道具や杖、水晶玉などが所狭しと並べられていた。
そして、店の奥のカウンターから、ふわりと艶のある声が聞こえてきた。
「いらっしゃいませ、にゃあ……。お探しのものは、何かしら?」
語尾に微かに混じる、猫のような響き。
姿は見えないが、新しい出会いの予感に、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。
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