変節8-6 王の血
カイウスはアウレリウスに手を伸ばした。
すんでのところで避け、アウレリウスは一歩下がる。
足元に茂る草についた雫が、ブーツの先を黒く染めていた。
「……僕には触らないで」
「貴方が私の案に乗ればいいだけの話ですよ」
「僕は血を残すつもりはないから」
カイウスの眉が上がる。
「……だから、黒髪の彼なのですか?」
「……え?」
「それでそういった選択を?」
「違う……。そういうわけじゃ」
赤い髪に霧の粒がつき、かすかに光を弾いていた。
「……彼は、貴方が造ったのですよね?」
アウレリウスは更に一歩下がり、踏まれた砂利が音を鳴らす。
「見目も思想も、思い通りでしょう?」
カイウスは目を細めて頷いた。
「それはさぞ……貴方にとって都合の良い存在でしょうね」
アウレリウスは自分の服の胸元を掴んだ。
体の芯が、ひどく冷える。
「私より、貴方の方がよっぽどおぞましいのでは?」
「そんな事……わかってるよ」
アウレリウスの声は、掠れていた。
「彼は貴方に執着しているようだ。貴方がそのように造ったのですか?」
「そんな事……。
そんな風にしたつもりは……」
喉が焼ける。
カイウスは口角を上げた。
彼は、蠱惑的な笑みを浮かべる。
「“王”よ。イリスを選びなさい。
その方がよっぽど健全だ」
息が、うまく吸えない。
「それに、考えてもごらんなさい。
――貴方がイリスを選べば、黒髪の彼も、貴方から解放されるというものです」
「……君の話は、聞かない」
アウレリウスはカイウスに背を向けたが、髪が掴まれ、強く引かれる。
後ろから首に腕を回されて、締め付けられた。
息が喉に張り付く。
「……彼に自由を与えたくはないのですか?
大切だからこそ、縛りつけたくないのでしょう?
――貴方はきっと、そういう人だ」
「離して……」
足が、引き摺られる。
「アウルに触るな!!」
カイウスの体が強張った。
弾かれるようにして、声の方を見る。
足音が鈍く響いた。
セティとモルガナが、並木道から駆けてくる。
カイウスは小さく息を吐くと、腕を離し、アウレリウスの背をセティたちに向かって押した。
アウレリウスがわずかによろめき、モルガナが手を添えて支えた。
アウレリウスとカイウスの間にセティが立つ。
「噂をすれば影……とはよく言ったものですね」
セティの灰の瞳の奥で、緑の光が強く宿っていた。
「この人は……お前が触れていい人じゃない」
カイウスは腕を組むと、穏やかに笑む。
面白そうにセティをじっと見つめた。
そして、ふと、急に興味を失ったように視線をそらして、ベンチに座りこむ。
セティはそれをしばらく見つめたが、ふいに、顔だけアウレリウスに向けた。
「アウルも……なぜ一人で来たんですか」
声は、低い。
「……彼と、ちゃんと話したかったんだ」
「だからって!」
「君たちを巻き込みたくなくて……」
アウレリウスを支えていたモルガナの指に力がこもる。
「アウレリウス、あなた傲慢だわ。
あなたが私たちを巻き込んだんじゃないの。
私たちが苦労させられてるのは、オルドの畜生のとんでも設計のせいなのよ。
あなたのせいだなんて思ってない。
私たちを見くびらないでちょうだい」
黒い瞳に見つめられ、アウレリウスは反論しようとして、口を閉じた。
カイウスは、鼻で笑う。
「お仲間に囲まれて、楽しいですか?
……“王”よ」
カイウスは静かに立ち上がると、丁寧に頭を下げた。
「……またお会いしましょう。
それではみなさん、さようなら」
アウレリウスたちの脇を抜け、彼は立ち去る。
甘い、薔薇の香りが残された。
立ち込める、深い霧。
池にはわずかに波紋。
アウレリウスは言葉を失い、しばらくその場を動けなかった。




