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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第八章『理を越えて』
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変節8-3 友の名において


 王立裁定院の受付でアウレリウスは用件を告げると、書記官だという男の案内にしたがった。

 

 アーチ天井の玄関ホールに響く人々のざわめきを抜け、階段を上る。

 音を吸うグレイブハル城とは異なり、歩く度にブーツが木床を打つ音が鳴った。

 二階。

 三階。

 その廊下の先、奥の扉。

 書記官がノックした。


「レイブンズ法務官殿。ご在室でしょうか。

 お客様をお連れしました」


 扉が開く。

 

 向こうには、理知的な群青の瞳を柔らかく細めたエドガーが立っていた。 


「ありがとう」

「いえ」


 エドガーが書記官に礼を言うと、書記官の男は小さく頭を下げ、踵を返す。


「あ……、ありがとう」


 アウレリウスも遅れてそう言うと、書記官は振り返って、また頭を下げた。


「アウレリウスさん。ごきげんよう」

「……ごきげんよう。エドガーさん」

 

 二人は微笑み合い、静かに法務官室に入っていく。


 中には金髪の体格の良い男性、ルシアンもいた。

 彼は椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。


 エドガーは彼の脇に立った。


「アウレリウスさん、ご紹介します。

 彼は外部調査局所属、僕の専任であるルシアン・ヴェイル調査官。

 此度の調査も、彼が担当してくれました。

 皮肉屋だが、信頼できる男です」

「ルシアン・ヴェイルです。お会いできて光栄です」


 ルシアンが手を差し出し、アウレリウスはそれを取った。


「はじめまして。ルシアンさん。

 グレイブハル城のアウレリウスです」


 手が離れると、ルシアンは法務官席に移動したエドガーを見る。


「“皮肉屋”は余計だろう」

「君を皮肉屋と言わずして誰を皮肉屋と言うのか、僕には見当がつかない」

「そういうお前も大概だろうが」

「……僕が?

 みんな僕のことは“紳士”というけど?」

「みんな騙されてるんだ。その大人しそうな見た目に」


 ルシアンはぶつぶつと文句を言いながらも、アウレリウスに椅子を差し出し、にこりと笑った。


「どうぞ。掛けてください」

「ふふ。ありがとう。

 ――二人は仲良しなんだね」


 ルシアンは眉をひそめるが、エドガーは淡く笑っている。


「さて、お時間を取らせてはいけない。

 さっそくご報告させていただいてもよろしいですか?

 アウレリウスさん」

「うん」


 ルシアンは息をつくと、彼も椅子に腰を下ろして話しはじめた。


「“赤髪の青年”。名前はカイウス・ヴァルドレイン。29歳。

 王立王都大学 医学部 外科医局所属。

 “若手のホープ”と呼ばれ、かなり期待されている男だ。

 若くして既に助教授にという話が上がっており、信望する層からは“教授”と呼ばれて慕われている。

 実力もカリスマ性もある。

 いわば“なんでも持っている男”だな」


 アウレリウスはルシアンから調査書類を受け取る。


「だが、ここ数ヶ月でその立場が変わりつつある。

 カイウス・ヴァルドレインが“錬金術”に傾倒しているという噂がまことしやかに流れ始めた。

 異端を嫌う界隈だ。彼は孤立しつつある」


 ルシアンは腕を組み、視線を下げた。


「それから、カイウス・ヴァルドレインについて調べると、必ず妹イリスの名があがる。

 彼は、年の離れた妹を相当溺愛していたようだ。

 前情報通り、イリスは病弱だった」


 エドガーが続きを引き取る。


「金の流れは僕から。

 彼女の治療のために、両親は相当無理をしたようだ。

 もともとは裕福な家柄だったが、彼女の治療を断念したいと言う程には困窮し始めた。

 その件を巡ってカイウスと両親は決別。

 カイウスは両親を田舎へ追い出しイリスと縁を切らせた。

 かなり苛烈な方法をとったようだ。

 このあたりが、僕が彼女の保護を急ぎたいという根拠でもある」


 エドガーは、法務官机に肘をつき、指を組んだ。


「彼には、行動力と知性、そして社会的信頼がある。

 本気で事を起こされたら厄介だ」


 エドガーはまっすぐにアウレリウスを見る。


「アウレリウスさん。法務官である僕の権限で、保護者の承諾なしにイリス嬢を保護することができます。

 僕がイリス嬢と話し、責任を持って彼女をセント・アシュウェル修道院へ送り届けたい。

 ――どうされますか」


 アウレリウスは書類から顔を上げた。


「……イリスを、保護してください」


 エドガーの口角があがる。


「お任せください」

 

 アウレリウスは細く息を吐くと、席を立った。


「イリスをお願いします。

 それから、調べてくれてありがとう。

 僕は彼と話をしてみる」


 ルシアンも椅子を立つ。


「アウレリウスさん……。

 良ければ、私も同行します」


 アウレリウスは、きょとんとルシアンを見上げる。

 エドガーも立ち上がると、アウレリウスのそばに立った。


「ヴェイル調査官は、元軍人なんです。戦闘経験も豊富だ。

 だから、貴方を彼なら守れます。

 ――一人で行かないほうがいい」


 アウレリウスは苦く笑う。


「……巻き込めないよ」


 アウレリウスは、手を伸ばすとエドガーの手を取り、自分の額に当てた。


「君たちは格好いいね」


 手を離し、柔らかく笑う。


「本当にありがとう。

 それでは……ごきげんよう。ばいばい」


 アウレリウスは踵を返し、扉に向かう。


 エドガーは慌ててその手を掴んだ。


「……何かあれば、遠慮なく頼ってください。

 僕も、ルシアンも、貴方のために動きます。

 ――“友人”ですから」


 アウレリウスは振り返り、淡く笑った。


「あはは。ありがとう」


 扉が、閉まる。


 静寂が落ちた。


「……これ以上は、僕たちでは踏み込めない」

「エドガー、見守るのも“友人”の役目だ」

「……そうだね」


 エドガーは法務官机に戻ると、机上にあった別の書類を持ち上げる。


「さ、新しい案件だ」


 ルシアンは口角を上げた。


「よし来た。楽な案件だといいな」

「……はは」

「……面倒な案件か?」

「僕からは何とも言えない」


 いつもの法務官室。


 エドガーは席につき、窓を見た。

 王都オルドンは、今日も霧に包まれている。


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