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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第八章『理を越えて』
196/215

変節8-2 言わないまま


 未明。

 アウレリウスは燭台を持ち、内門の錠を開けた。

 月光が石畳を白く浮き上がらせ、草原を銀に染めている。

 外門へ続く丘の向こうには、霧が層を作っていた。


 蹄の音。

 霧を割いて、馬が駆けてくる。


 馬はアウレリウスの前で止まり、馬上の男は一度降りると、彼に小さく頭を下げた。


「王立裁定院より急報。

 グレイブハル城のアウレリウス殿へ」


 アウレリウスは頷いた。


「僕だよ」


「……ご本人でしたか」


 男はわずかに目を見開いたがすぐに表情を戻し、赤線の引かれた革の密封書簡をアウレリウスに手渡した。

 男がサインを求め、それに応じる。


 裁定院の急報便専任者は、馬にまたがると、再び霧の向こうへと去っていった。


 風が吹き、銀の草原が揺れる。

 吐く息は、わずかに白かった。


 燭台を地面に置き、月光の下、アウレリウスは書簡を開く。


 ◇◇◇


王立裁定院 法務官室より

アウレリウス殿


先日はご足労いただき、ありがとうございました。


ご依頼の件について、現時点で把握できる情報が揃いました。

“赤髪の青年”に関する身元、所属、最近の動向についても、概ね裏が取れております。


また、イリス嬢の一時保護先も確保いたしました。


いずれも書面ではお伝えしきれない内容を含みますため、

可能であれば、直接お越しいただきたく存じます。


急を要する案件ではございませんが、

イリス嬢の心身の安定を考慮すれば、

あまり時間を空けない方がよろしいかと存じます。


ご都合のよい折に、裁定院までお越しください。


――友人として、

貴方の力になれることを願っております。


王立裁定院 法務官

エドガー・レイブンズ


 ◇◇◇


 微かに、インクの向こうにベルガモットの香りがする。

 

 アウレリウスは文字をそっと指でなぞった。丁寧に畳み、燭台を拾い上げ、内門の錠を閉める。

 彼は、城の中へと、戻っていった。




 私室では、セティが規則正しい寝息を立てていた。


 彼のベッドの端に腰を下ろし、その寝顔を見つめる。

 

 ――エドガーさんから書簡が届いたことは、伝えるべきだろう。


「……やだな」


 小さな声は、青白い月光に沈んでいく。


 ――“壊して”と頼んだのは、僕なのに、セティはそれに罪悪感を抱いている。

 

 ――セティを、遠ざけておきたい。

 ――彼を煩わせる、全てから。


 手を伸ばし、セティの唇に触れようとして、やめる。


 “でも、僕の『愛してる』はアウルと違って、 

 『アウルを抱きたい』って意味です”


「ふふ……」


 (彼の言葉は、ストレートすぎるよね)


 ――未だに僕は、彼に気持ちを返せずにいる。


 窓の向こうの月を見た。

 ため息は、部屋の隅に吸い込まれていく。

 何も答えが出せないまま、東の空がわずかに白み始めていた。




 変わらない朝。

 身支度をし、朝食をとって、分担して掃除をする。


 回廊で、すれ違う。

 淡い光。

 目が合って、わずかに微笑み合う。

 アウレリウスが手を差し出すと、セティがそれにそっと触れた。

 言葉は交わさず、そのまま、互いに別方向へ歩き続ける。


 アウレリウスは、振り返った。

 セティは向こうの階段を降りて行く。


 胸ポケットに入っている書簡が、小さくカサリと鳴った。


 アウレリウスは部屋へ戻り、ウェストコートとフロックコートを着込み、クラヴァットを結んだ。杖と帽子を持ち、書斎へ入る。


 机の上に、エドガーからの書簡を開いて置いておく。


 ――何かあれば、セティなら気づく。

 ――だけど、僕は、君を連れて行かない。


 アウレリウスは、一人、王都へ向かった。

 


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