変節8-2 言わないまま
未明。
アウレリウスは燭台を持ち、内門の錠を開けた。
月光が石畳を白く浮き上がらせ、草原を銀に染めている。
外門へ続く丘の向こうには、霧が層を作っていた。
蹄の音。
霧を割いて、馬が駆けてくる。
馬はアウレリウスの前で止まり、馬上の男は一度降りると、彼に小さく頭を下げた。
「王立裁定院より急報。
グレイブハル城のアウレリウス殿へ」
アウレリウスは頷いた。
「僕だよ」
「……ご本人でしたか」
男はわずかに目を見開いたがすぐに表情を戻し、赤線の引かれた革の密封書簡をアウレリウスに手渡した。
男がサインを求め、それに応じる。
裁定院の急報便専任者は、馬にまたがると、再び霧の向こうへと去っていった。
風が吹き、銀の草原が揺れる。
吐く息は、わずかに白かった。
燭台を地面に置き、月光の下、アウレリウスは書簡を開く。
◇◇◇
王立裁定院 法務官室より
アウレリウス殿
先日はご足労いただき、ありがとうございました。
ご依頼の件について、現時点で把握できる情報が揃いました。
“赤髪の青年”に関する身元、所属、最近の動向についても、概ね裏が取れております。
また、イリス嬢の一時保護先も確保いたしました。
いずれも書面ではお伝えしきれない内容を含みますため、
可能であれば、直接お越しいただきたく存じます。
急を要する案件ではございませんが、
イリス嬢の心身の安定を考慮すれば、
あまり時間を空けない方がよろしいかと存じます。
ご都合のよい折に、裁定院までお越しください。
――友人として、
貴方の力になれることを願っております。
王立裁定院 法務官
エドガー・レイブンズ
◇◇◇
微かに、インクの向こうにベルガモットの香りがする。
アウレリウスは文字をそっと指でなぞった。丁寧に畳み、燭台を拾い上げ、内門の錠を閉める。
彼は、城の中へと、戻っていった。
私室では、セティが規則正しい寝息を立てていた。
彼のベッドの端に腰を下ろし、その寝顔を見つめる。
――エドガーさんから書簡が届いたことは、伝えるべきだろう。
「……やだな」
小さな声は、青白い月光に沈んでいく。
――“壊して”と頼んだのは、僕なのに、セティはそれに罪悪感を抱いている。
――セティを、遠ざけておきたい。
――彼を煩わせる、全てから。
手を伸ばし、セティの唇に触れようとして、やめる。
“でも、僕の『愛してる』はアウルと違って、
『アウルを抱きたい』って意味です”
「ふふ……」
(彼の言葉は、ストレートすぎるよね)
――未だに僕は、彼に気持ちを返せずにいる。
窓の向こうの月を見た。
ため息は、部屋の隅に吸い込まれていく。
何も答えが出せないまま、東の空がわずかに白み始めていた。
変わらない朝。
身支度をし、朝食をとって、分担して掃除をする。
回廊で、すれ違う。
淡い光。
目が合って、わずかに微笑み合う。
アウレリウスが手を差し出すと、セティがそれにそっと触れた。
言葉は交わさず、そのまま、互いに別方向へ歩き続ける。
アウレリウスは、振り返った。
セティは向こうの階段を降りて行く。
胸ポケットに入っている書簡が、小さくカサリと鳴った。
アウレリウスは部屋へ戻り、ウェストコートとフロックコートを着込み、クラヴァットを結んだ。杖と帽子を持ち、書斎へ入る。
机の上に、エドガーからの書簡を開いて置いておく。
――何かあれば、セティなら気づく。
――だけど、僕は、君を連れて行かない。
アウレリウスは、一人、王都へ向かった。




