変節7-7 『結び目のゆるむとき』最終話
裁定院の鉄門まで、エドガーがアウレリウスとセティを送ると、アウレリウスは何度も振り返りながら手を振り、セティは一度だけ振り返って会釈した。
それを小さく微笑みながら、姿が見えなくなるまで見送る。
入れ違いになるように、向こうからやってきたのは、オリーブグリーンの制服を纏った金髪の体格の良い青年。
彼は裁定院から出てきたアウレリウスとセティを見て、一瞬驚いたような顔をした。
前を向き、エドガーを見るとかすかに笑う。
「よぉ、エドガー」
「ルシアン。ちょうど君と話したかったんだ」
エドガー専属の調査官ルシアンと並んで、二人は裁定院の中へと入る。
多くの人が行き交う玄関ホールを抜け、奥の木製の階段を上っていく。
「さっきすれ違った二人はえらい綺麗な顔をしていたが、お前の知り合いか?」
「そう。僕の新しい“友人”」
「……へぇ」
階を上がるごとに人の気配が遠のいていく。二人の揃った足音が、木の板を静かに鳴らした。
三階、法務官室の並ぶフロアのその東奥。『E.レイブンズ』と刻まれたプレートが下がる扉を開け、エドガーとルシアンは部屋に入った。
エドガーはそのまま窓辺へ寄り、外へ目をやる。
ルシアンは壁に避けてあった予備の椅子を、法務官机の前に引き寄せ、それに座った。
「ルシアン。個人的な仕事だけど、頼まれてくれるかい」
ルシアンは脇に抱えていた革の書類ケースから調査書類を取り出すと、机に置く。
「あぁ、いいよ」
ルシアンの琥珀の瞳が持ち上がり、エドガーの群青の瞳と交わった。
「ただし、一杯奢ってくれたらな」
書類を机から取り上げながら、エドガーは軽く笑う。
「ある青年を探してほしいんだ。調べてほしいことも数点ある」
ルシアンは胸ポケットからメモ帳を取り出す。
「……なんだ?」
「まずは、燃えるような赤髪の青年。水色の瞳。
氏名は不明。
だが妹がいる。彼女の名前はイリス。
おそらく医師だ。背が高く、立ち振舞は完璧な紳士。
能力はずば抜けて高い可能性がある。
能力が高いなら、個人開業医ではなく、大学附属の医局に属している可能性も高い。
ハートウェル区にいるかもしれないね」
「王都にいる若くて有能な赤髪の医師か。
見つけやすそうだな」
「君なら簡単だろう。
氏名、所属、生い立ちを調べてくれ。噂なんかも極力集めて」
ルシアンがふと顔を上げる。
「あの美形二人が絡んでいるのか」
「そう。
彼らは善人だ。信じていいと思った」
エドガーは席につくと、王立裁定院の紋章入りの急報便専用の用紙を引き出しから取り出した。
「それから? まだあるだろう?」
「妹イリスの周辺も調べてほしい。
彼女は特殊な手術を受けているようだ。
だが、これについては僕たちの手には負えない可能性が高い。分かる範囲でいい。深入りしないでいいから」
ペンを取り、迷いなく文字を書き込んでいく。
「そして、グレイブハル城について」
「……あの二人はもしかしてあの城の住人か?
グレイブハル城には“美しい青年がいる”という話はよく聞く。都市伝説の類かと思っていたが、あの美貌なら、噂にならないほうがおかしいだろうからな」
「そう。彼らはあの城の住人だよ。
だけど、城については、僕たちの手ではほとんど調べられない気がするんだ」
「……なぜ?」
群青の瞳を持ち上げる。
「神が封じてるから」
「は? いつからお前は信心深くなった」
「僕はもともと君よりは信心深い」
「嘘をつくな。お前が教会に行っているところなんか見たことがない。日曜だって礼拝堂には行かずに朝から夕方まで寝て過ごす男だろう」
書き終えた書簡を封じ、封蝋を押す。
「とにかく、これらの調査は、くれぐれも極秘でね」
「極秘? ……やばい案件なのか?」
「ある意味“やばい”」
ルシアンが眉を寄せると、エドガーは口角をあげた。
「神と戦うための調査だ」
「……はぁ?」
エドガーは楽しそうに笑うと、席を立った。
「この書簡を急報便窓口に出してくる。
頼んだよ、ルシアン」
颯爽と部屋を出ていくエドガーの背をルシアンは静かに見送った。
扉が閉まる。
「……酒一杯じゃ割に合わないんじゃないか?
……まぁ、いいや。
あいつといると全く退屈しない」
ルシアンはメモを胸ポケットにしまうと、立ち上がった。
彼もまた、口角をあげ、法務官室を後にする。
静かに扉は閉まり、部屋には誰もいなくなった。
風に揺らされ、窓枠が小さく鳴った。
◇
世界は、何も答えない。
理は正しく、
神々は沈黙し、
選ばれた血は、次を待つ。
壊れたものも、
壊れなかったものも、
等しく世界の中にある。
それでも、
誰かが何かを選んだ痕跡だけが、
静かに残る。
城は、今日も湖畔に立っている。
変わらぬ姿のまま。
ただ一つ、
立つ場所だけを、
少しずらしたまま。




