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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第七章『結び目のゆるむとき』
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変節7-6 友のいる街


 モルガナの家を辞した後、アウレリウスとセティはその足で王立自然公園に向かった。


 時間は昼過ぎ。

 運が良ければ、法務官エドガー・レイブンズが仕事の合間に散歩している姿を見られるはずだ。


「……いなかったら、裁定院に直接行く?」

「通してもらえるでしょうか?」


 入口の花のアーチをくぐり、広い石畳を抜ける。

 並木道。

 等間隔にベンチが並び、人々が思い思いに過ごしている。


 アウレリウスが、咄嗟にセティの手を取った。


「セティ……。僕らはついてる」


 彼らの視線の先、噴水の前に佇むダークブルーのフロックコートの男。

 青みがかった長い黒髪は、首の後ろで一つにまとめられている。

 裾が揺れ、彼が歩き出す。


「……やっぱり、格好いい」

「……アウル」

「分かってる。話しかけるよ」


 アウレリウスは深呼吸を繰り返し、エドガーに向かって歩き出した。セティはその後を静かについて行く。


「あの……」


 彼のそばに立ち、深い群青の瞳を見つめた。

 エドガーの視線が、アウレリウスをまっすぐに捉える。


「……ごきげんよう。――私に御用ですか?」

「あ……。あの、あなたが法務官エドガー・レイブンズさんだよね?」

「……そうです。失礼ですが、貴方は?」


 エドガーは淡く笑い、アウレリウスに向き合う。

 彼が手にしていた黒壇の杖。その銀の装飾が、霧の淡い光を鈍く返していた。


「……僕はグレイブハル城のアウレリウス」

「あぁ、優美であると有名な、あの城の方でしたか」


 アウレリウスは肩を揺らし、セティを振り返った。


「セティ! エドガーさんがグレイブハル城を知ってたよ。どうしよう。嬉しい」


 セティは苦笑いして、アウレリウスの背中を押す。


「……アウル、続きを」


 アウレリウスがもう一度エドガーの方を向くと、彼は穏やかに笑んでいた。


「……その、ある女の子を保護してほしくて。

 僕たちではその方法が分からないんだ。

 だから、あなたの力を借りたくて」


 エドガーが頷く。


「込み入ったお話のようですね。

 お時間はありますか?

 良ければ、裁定院にお越しくださいませんか」


 彼から仄かに漂うベルガモットの香り。

 アウレリウスは、大きく頷いた。



 

 王立裁定院。応接室。

 白漆喰の壁には、風景画の油絵が一枚だけ飾ってあった。

 装飾の少ない暖炉。深い藍色のソファ。

 マホガニーの大きなローテーブル。


 人を迎えるための部屋。

 だが、ここは虚飾を許さぬ王立裁定院であることを思い知らされる部屋でもあった。


 出された紅茶から、香りが立ち上っている。


 アウレリウス達の正面に座ったエドガーは、穏やかな笑みを浮かべながら、手のひらを差し出した。

 『話せ』ということだろう。


「セティ……どこから話せばいいんだろう」

「いっそ全部話したらどうですか?」

「全部って……創造神がどうとか……そこから?」

「そうしないと、いきなり子宮がうんぬん言われて、話が通じますか?

 信じてもらえないのでは?」

「いっそモルを連れてくるべきだった……」

「こういうの慣れてそうですからね」


 二人が声をひそめて相談している様子を、エドガーは静かに見守っている。


「すべて話してくださって構いません。まとまっていなくても結構ですよ。

 私には守秘義務がありますから、漏らすことはありません。

 アウレリウスさん、私を信じていただけませんか」


 アウレリウスは彼の瞳を見て、小さく息を吐いた。

 自分の胸に手を当てる。


「セティ……、全部、話すよ」

「……はい」


 膝の上で、指を組んだ。


「……信じてもらえるかは、分からないけど、あなたにはすべて話す。

 だけど、僕は嘘はつかない。

 信じるかどうかは、あなたに任せる。

 だけど、一つだけ」

「はい」


「助けたい女の子がいる。

 それだけは、信じてほしい」


「えぇ。話してください」

 

 アウレリウスは呼吸を整えて、静かに話し出した。




「……壮大なお話ですね」


 エドガーは、膝に肘をつき、組んだ指を口元に当てている。

 彼は小さく笑った。


「いろんな案件に携わってきましたが、神を相手取るのは初めてです」


 アウレリウスはわずかに視線を下げる。


「私にできることは、イリス嬢の保護先を見つけることと、その“赤髪の青年”について調べることだけです」

 

 視線を上げる。


「え……、動いてくれるの?」


 エドガーの群青の瞳が青く揺らぐ。

 まるで炎が灯ったかのように。


「正式な申請が出されたわけではありませんから、“裁定院”としては動けません。

 ただし、少女の保護は急いだ方が良さそうだと、個人的に感じましたので……」


 アウレリウスとセティは息を飲んだ。


「これも何かの縁です。

 あなたの“友人”として動きます」


 アウレリウスは眉を上げる。


「“友人”……?」


「イリス嬢の手術は、彼女が病気だったことや、彼が彼女の言うように正式な“医師”であるなら、違法性は見つけられないでしょう。

 実際に体調が良くなったのなら、虐待とは言い難い。

 それに、貴方方の特殊な能力についても、我々では関与のしようがない」


 エドガーは口角を上げて、小さく笑う。


「逆に言えば“友人”として動ける範囲でしか、私は動けませんよ」


 アウレリウスは息を吐いた。


「それで……十分だよ。

 イリスを一次的に保護してもらえれば……」


 声が震える。


「保護先は修道院でも問題ありませんか?

 “創造神”の管轄内かも知れませんが」

「僕らの知る“創造神”は修道院を“管轄内”と思うような存在じゃないよ」

「ふふ。私もそう感じました」


 エドガーは立ち上がった。

 

「では、追って、連絡を差し上げます。

 よろしいですか」


 アウレリウスとセティも立ち上がる。


「うん。

 連絡を、待ってる」


 エドガーがポケットからハンカチを取り出してアウレリウスに差し出す。アウレリウスはそれをきょとんと見下ろした。


「……アウル、涙がこぼれてるんです」

「え……あ……」


 自分の頬に手を添えて、初めて泣いていることに気づく。

 ハンカチを受け取って、小さく頭を下げた。


「……ありがとう」

「ご友人のために泣けるなんて、素晴らしいことです」

「……それだけじゃないんだ。

 僕はずっとあなたに憧れていた。

 だから……寄り添ってもらえて、嬉しかったんだ」

「……そうでしたか。

 それでは、僕もあなたの友人として気合を入れなくては。

 幻滅されたくありませんからね」


 エドガーが笑う。

 アウレリウスとセティも目を見合わせて笑った。


 遠くから、鐘楼の音が聞こえた。

 

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