変節7-4 選定の影
アウレリウスが一階の部屋に戻ってくると、モルガナとセティは向かい合って座っていた。
アウレリウスに気づいてセティが立ち上がり、アウレリウスは震える指先でセティを抱き寄せた。
そして額に短くキスを落とす。
「ア……アウル、今は……そういうのは――」
「セティ、聞いて。
……イリスは、落ち着いて話をしてくれた」
青い瞳がまっすぐにセティを見つめる。
「……この話は、セティ、君を傷つけてしまうかもしれない」
セティは息を呑み、灰の瞳を少しだけ細めた。
「……それでも、聞いてほしい」
「……はい」
二人はモルガナの前の席に並んで座り、モルガナは、アウレリウスを励ますように小さく頷いた。
「イリスは、体が弱かったんだ。おそらく、はじめは呼吸器関連の病気だった。
王都では肺や気管支を患う人が多いから、彼女もそうだったのかもしれない。
でも、彼女の病気の原因はなかなか見つからなかった。
それで、彼女のために、あの赤毛の青年は医師になったんだ」
「愛のある話ね」
アウレリウスはわずかに瞳を細めて頷く。
「うん。
だけど、半年ほど前、彼女の症状が突然変わるんだ」
セティが小さく目を見開く。
「……半年前?」
「彼女の呼吸困難はなくなった。
そのかわり、ひどい腹痛に襲われるようになった」
視線を落とし、指を組んだ。
「そんな時に、青年が突然、天啓を得た。“王を育てるための子宮”を彼女に与えたんだ」
指先に、力がこもる。
「彼はどうやらその時に、思想も性格も変わってしまったようだ」
モルガナは紅茶を一口飲むと、小さく息を吐いた。
「……あの赤毛の人は、きっと優秀だったのね。
あなたの父、ヴァレイン侯爵もそうだったのでしょう?
ずば抜けて優秀だった。
何かをつくり出すための、知性も力も立場でさえも、すべてを持ち合わせていた。
だから、オルドに目をつけられたのよ」
セティは、モルガナとアウレリウスを交互に見る。
「イリスの病気に、創造神が介入したってことですか?
時期も……。
半年前って僕がアウルの境界を壊した時期。
アウルの王性が揺らいだ時、創造神がイリスの病気に介入して、赤髪の青年の“王の父”としての能力を引き出した?」
アウレリウスは手を伸ばして、セティの震える指に触れた。
そっと、包み込むように手を握る。
「彼女は今、健康に見える。
だけど、傷を見せてもらった。
僕は医師ではないけれど、長い間、身体を見てきたんだ。これは、錬金術師としての見解にすぎないけど」
部屋に置かれた水晶が、鈍く光を返していた。
「あの子宮は、歪だ。
今では彼女の身体に負荷をかけてる。
そして、おそらく、まともな出産はできないだろう」
アウレリウスの視線が下がる。
「外科的に取り除くことは、僕にはできない。
だけど、僕なら、錬金術師として、あの子宮を彼女の身体の一部として還すことはできる」
モルガナは大きく息を吸い、一度呼吸を整えた。
「……彼女、お兄さんと隔離したほうがいいのではないかしら……」
「どうやって? このまま、ここに匿い続ける? 彼がここに来たら、僕たちでは守りきれない」
モルガナは首を振る。
「アウレリウス、私たちは忘れがちだけど、アルストリア王国の国民なのよ。
法律に守ってもらえばいいのではないかしら」
アウレリウスは視線を上げ、眉をひそめた。
「……どういうこと?」
「女性を守るための施設が、いくつかあるわよね。使えないかしら」
「……存在は知ってるけど」
「相談してみたらいいじゃない」
「……誰に?」
モルガナは、ふわりと笑った。
「法律に詳しい人」
アウレリウスとセティは目を見合わせる。
「……もしかして、エドガーさん?」
「名前は知らないわ。
でも、あなたがすでに答えを持っていることは、私にもわかるの」
アウレリウスは片手で自分のシャツの胸元を掴んだ。
「……で、でも、僕が一方的に慕っているだけで、向こうは僕を知らないんだ」
セティがアウレリウスの顔を覗き込んだ。
「アウル、今の僕たちなら、話しかけられます。もう、不老不死じゃないんです。
もともと、見た目には人との違いなんてないんだから……。
勇気を出して声をかけてみませんか?」
「でも……。いや、そうだね。
……イリスを守るためだ」
アウレリウスは細く、長く息を吐いた。
誰も触れていない天球儀が、小さく、カラリと鳴った。




