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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第六章『理を拒む夜』
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変節6-6 『理を拒む夜』最終話


 イリスは、モルガナの馬車に乗って、彼女に引き取られていった。

 しばらくは占いの助手をさせると、モルガナは笑って言っていた。


 泣き腫らした赤い目で、彼女はいつものように、優しく笑って、そう言ったのだ。


 遠ざかる馬車が、霧に飲まれていく。


 内門で、隣に並んでいたセティが、アウレリウスを見た。


「アウル……」

「中に入ろう……。セティ」


 アウレリウスがセティに手を差し出すと、セティはそれを取った。

 何か言いたげな、灰色の瞳。

 アウレリウスはそれに応えることはなく、ただその手を引いて、私室に戻った。


 扉を開けて部屋に入るなり、アウレリウスはセティをソファに座らせる。

 彼自身はセティの前に膝をつき、その灰の瞳を覗き込んだ。


「セティ……。ここでなら泣ける?」

「え……」


 アウレリウスは自分の手を見、少しだけ震えたその指先でそっとセティの頬を包み込む。


 涙が一筋、頬へ落ちた。


「君を泣かせたのは、創造神?」


 セティは自分の涙を拭うと、小さく首を振った。


「そんな……」

「セティ……」

「モルは……なぜ泣いてたんですか?

 目が赤かった。彼女、泣いたんでしょ?」


 アウレリウスは一度、目を伏せた。


「……自分の気持ちは創造神に引っ張られているのではないかと……怯えてた」

 

 セティは震えた息を吐く。


「アウル……。

 そもそも……。

 そもそも僕がアウルを壊さなければ、何も起こらなかったんだ……」


「セティ?」


「だって、そうですよね。

 何も気づかず、淡々と毎日を過ごせてた。

 知る必要なんて、なかったんだから」


 セティの視線が下がる。

 

「僕がアウルを……“王”を壊したから、次の選定が始まって……。

 僕らのバランスが崩れてしまったんですよね」

 

 眉が寄り、瞳が潤む。


「僕は、壊しちゃいけなかった。

 僕が壊したせいで、あの赤髪の人も、イリスも、モルガナも、みんな壊れかけてるんだ」


 頬を涙が伝う。


「僕の……。僕の、せいだ」


 その灰の瞳に、アウレリウスは映っていない。 


「僕は守るべき“王”を、自分で壊しちゃったんだ……」 


 アウレリウスが彼の肩を掴むが、ただ呆然とセティは泣いている。


「……セティ」


「ぼ……僕は」


 アウレリウスは顔を寄せて、セティの唇を塞いだ。

 やっと、彼の瞳がアウレリウスを映す。


「セティ、聞いて」


 涙を拭ってやる。


「僕は“王”になんて、なりたくない。

 “理”なんか、いらない。

 僕は……創造神オルドの作った箱なんか、どうでもいい」


「……アウル?」


「そんなおかしな箱が、エドマンドも、セティも、モルも……。みんなを苦しめてるんじゃないか」


 アウレリウスは立ち上がると、セティに深い口づけを落とす。

 

 彼のシャツに手をかけ、肌に触れた。

 垂れた大きな瞳をなぞるようにキスをする。


「……アウル?」


 セティにまたがるようにして乗り、彼をソファに縫いつけた。

 驚いて目が見開かれる。

 

 ――壊れかけているなら、壊してしまえばいい。


 ――それで、やっと、解放される。


 首筋を甘く噛む。


 彼の声が、こぼれる。

 

 ゾクリと胸のうちが震えた。


 ――このまま、君を暴いて、壊してしまいたい。


 潤んだ灰の瞳。


 ――待って。おかしい。


 (壊してしまいたい?)

 

 ――壊すのは、“王性”? それとも、セティ?


 ――違う。セティのことは壊したいんじゃない。守りたいんだ。

 ――守りたいのに、僕は今“壊したい”って思ったの?


 アウレリウスは両手で顔を覆った。


「違う……。だめだ。

 違う、違うよ……。そうじゃない……」

「アウル」

 

 セティがアウレリウスの両手首を掴む。


「アウル、……どうしたんですか?」

「セティ、僕は……」


 言葉を探すように、彼は息を詰めた。


「……君を、本当に大切に思ってる」


 震える両手で、セティの頬を包む。


「でも、僕は……やっぱり、わからない」


 セティはそっと、アウレリウスの髪を撫でた。


「アウルは前に僕に言いましたよね。

 “僕が欲しいなら、君の思うように、僕に触れたらいいんだ”って。

 僕も、アウルに対してそう思ってるってことは覚えておいて欲しいです。

 それが“理屈”でも“欲”でも、僕はどっちでもいいです」


「……セティ」


 セティの瞳から、ぽとりと涙が落ちる。


「でも……今は……、分からないからって、僕を突き放さないで欲しい」

  

 セティが、アウレリウスを抱きしめる。


「アウルが“王”なんかいらないって言っても、僕が壊した事実はなくならないから……。

 僕の罪は消えないから……。

 お願いだから、そばにいて」


 青い瞳からも、涙が落ちた。


 ――どうしたら、僕は“王”を完全に手放せるんだろう。

 ――どうしたら、僕たちは自由になれるんだろう。


 ◇


 世界は、何も答えない。


 理は正しく、

 神々は沈黙し、

 選ばれた血は、次を待つ。


 壊れたものも、

 壊れなかったものも、

 等しく世界の中にある。


 それでも、

 誰かが何かを選んだ痕跡だけが、

 静かに残る。


 城は、今日も湖畔に立っている。

 変わらぬ姿のまま。


 ただ一つ、

 立つ場所だけを、

 少しずらしたまま。

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