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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第六章『理を拒む夜』
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変節6-5 堕ちる観察者


 受付室で、アウレリウスとモルガナは並んだまま、話を続けている。


「その……、俗世に落ちるっていうのは、恋をするということなのかな」

「端的に言うと、そうね」

「心と体が連動していなかったから、王性を手放しきれなかった……ということ?」

「その……、そうとも言いきれないわ。

 過去の“王”たちは、いろいろあったもの。

 あなたが特殊なだけだと思うわ」

「……そっか」

 

 アウレリウスが天井を見上げると、モルガナは座る向きを変えた。 


 互いの足が触れる。

 モルガナは、つないでいない方の手を、彼の胸にそっと置いた。


「……モル?」


 黒い瞳が、まっすぐにアウレリウスの瞳を見つめる。

 彼女の長いまつげが、頬に影を落としていた。


「アウレリウス、私と、恋をする?」

「……え?」


「俗世に落ちるってそういうことよ」


 彼女は顔を寄せ、アウレリウスに唇を重ねた。


 彼の呼吸が止まる。


 唇の温もり。


 それは静かに離れ、かすかな呼吸が落ちた。


 モルガナは、小さく笑った。

 自嘲を滲ませるように。

 

 ほんの一瞬の沈黙。


「これで私も、堕ちたわ」


「モル……、君……」


 つないでいた手をひき抜くと、彼女は両手を自分の胸に置く。


「王に近づきすぎたもの。

 それとも、これもただの“奇跡”かしら」


 彼女は、かすかに震えている自分の手を見つめる。


「……私の恋がいつも実らないのは、私が観察者だからかもって思ったの。

 理屈なんてわからないわ。

 ……ただそう、思ったのよ」


 声が、震えている。


「モル……」

「私ね、あなたに恋に近い感情を抱いていたわ。いいえ、今も。

 ……でも、少し自信がないのよ」


 モルガナの視線が下がる。


「モル」

「この気持ちは、オルドがあなたを好ましく思う気持ちなのではないかしら。

 私はそれに、引っ張られているだけなんじゃないかしらって……」


 黒い瞳から、一雫だけ、涙が落ちる。


「モル。こっちを見て」


 アウレリウスが彼女の肩を掴んで、こちらを向かせた。


「でも、私の気持ちは……、私のものよ」


 彼女の頬を、涙がいくつも伝う。

 彼も、痛みをこらえるように奥歯を噛み締めた。


「私はあなたを好ましく思ってる。

 オルドになんか……負けない。

 これは、絶対に私の気持ちなの」


 アウレリウスがモルガナを抱き寄せようとしたが、彼女は腕で彼を押した。


「でもあなたで処女を失うつもりはないわ。あなたは私を愛していないもの。

 これは、私の心で……、私の体だから……。

 私が選ぶの……」


 彼は頷いて、柔らかく笑む。


「……僕が泣いている君を抱きしめるのは、いけないこと?」


 モルガナの視線が上がる。


「……あなたは友人として、私を抱きしめてくれる?

 私も友人として、抱き返すわ」


「うん。

 君は、僕が選んだ、僕の大切な友人だよ。

 君も、僕を友人として選んでくれる?」


 彼女が頷くと、アウレリウスはモルガナを抱きしめた。


「モル。……怖いなら、怖いって言っていいんだよ」

「言わない。絶対に言わないわ。

 ……負けたみたいで悔しいもの」


 モルガナは、声を上げて泣き、アウレリウスは瞳を伏せて唇を噛んだ。


 ――なぜ、こうも苦しまねばならないのか。

 ――なぜ、こうも世界は理不尽なのか。



 ――そんな神の理など、僕はいらない。



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