変節6-4 王をやめる仮説
アウレリウスとモルガナは、受付室のソファに並んで座った。
「相変わらずこのソファは小さいわ」
「……この部屋は広くないから、ソファも小さいんだ」
「足が当たるのよ」
「……ごめんね」
アウレリウスは当たり前のようにモルガナに手を差し出す。それを見て彼女はため息をついた。
「私、この間、あなたたちに近づいてはいけなかったって後悔したばかりなのよ。
手をつなげると思う?」
「……でも、モルは今日、僕たちが君を必要としてることを察して、駆けつけてくれたじゃないか」
モルガナの黒い瞳がアウレリウスの青い瞳を見つめる。
「僕は手をつなぎたい。安心するから」
モルガナはため息をついて、その手を取った。
「あなた……。その距離感で、よくこれまで処女性を失わずにこれたわね……」
「……エドマンドと、セティと………、創造神かな。彼らに守られていたようだから」
「そうね。あなたの貞操帯は世界一強固だったんだわ」
「……まさか、僕の貞操帯の話をしたかったわけじゃないよね」
「あながち間違いでもないわ」
アウレリウスはわずかに目を見開く。
「アウレリウス。いっそ王性なんて手放したらどうかしら?」
「手放すって、どうやって?」
モルガナは、まっすぐ前を見ている。
その瞳は、いくつも通り過ぎた過去をなぞっているようだった。
「私が見てきた“王”たちは、一度の処女性の喪失で“王”ではなくなっていた。
だけど、あなたはまだ“王”だわ。
……あなたは多分。特殊なのよ」
「どうすればいいの」
「そもそもあなた、“王”であることに、執着はないのよね?」
モルガナがアウレリウスを見ると、彼は不思議そうにそれを見返した。
「ないよ。
……ないけど、“王”だと言われて、さっぱりした部分はある」
彼は片手で自分の顎に触れた。
「ずっと苦しかった。
老いないし、独りぼっちだし。僕はセティにまで同じ運命を背負わせてしまったし。
“なんで?”“どうして?”って、いつも思ってた。
でも、“王”だって言われて、今まで背負ってた理不尽なものの理由が分かった気がしたんだ」
「“王”でありたいと思う?」
アウレリウスは柔らかく笑う。
「僕はね“人”でありたいんだ」
モルガナは頷いた。
「ここからは、私の仮説。
あなた、不老不死ではなくなったけど、まだ王性が残ってるのよね」
「どうして僕は……」
彼女はアウレリウスを見て、少しだけ声をひそめた。
「すごく下世話な話で申し訳ないけど、一回だけなんでしょう?」
「……」
アウレリウスが固まる。
「しかもあなた、セティちゃんを本当の意味では受け入れきれてはいないでしょう?」
「……そんなこと」
「理はね、単発では揺らがないのよ。おそらくね。
一回だけの理の過ちは“奇跡”と呼ばれるのよ。
何度も起こって初めてあなたは“王性”を放棄したことになるんじゃないかしら。
創造神オルドは“人”じゃないの。人間の一つ一つの行いなんか見ていないわ。
彼は箱を作っただけ」
繋いでいた手に、少しだけ力がこもる。
「“完璧な王”であったあなたは、選べるのよ。
創造神オルドの“理”か、人である“愛”か」
モルガナは一度瞳を伏せ、息を吐いた。
「それから、私ね。まだ見えるのよ」
「“観察者”としての話?」
二人は目を合わせる。
「そう。だから、次の“血”が選定されたとしても、急に失うかどうかも、人によるのかもしれないわね。
あなたがすぐに王性を失わなかったのと同じように。
選定はされた。でも役割が即座に剥奪されるわけではないのかもしれないわ」
窓から差し込む明かりは、日が高くなり、少しずつ金色を帯びるようになった。
「僕も……錬金術はまだ使えるんだ。あれには術者の“血の証明”が必要なんだよ。
“選ばれし血”があったから、そもそも錬金術が使えたのかもしれないって思った。
そして僕が壊れたのなら、使えなくなっている可能性がある。
それで、試してみたんだけど、何も問題はなかった」
モルガナが窓を見た。
「今回の新たな選定は、あくまでも世代交代なのかもしれないわね」
「すぐに力を失うわけじゃないってこと?」
「もしかしたら、死ぬまで力そのものは持ち続けるかもしれないわ。
……私たちの場合はね」
モルガナは、口端を少しだけ歪めて笑う。
「それか、誰よりも長く役割を担ってきたから、力が魂に刻まれてしまったのかもしれない。
……それはちょっと、ゾッとするわね」
薄暗かった部屋は、いつの間にかやんわりと明るくなり、手のひらを白く染めていた。
アウレリウスは小さく、息を吐いた。




