変節5-7 『王を見つめる者』最終話
モルガナは、小さく息をついた。
それは、紅茶の香りに、ほどけて消えていく。
「時代を超えて、王の父、王、王の守護者は選ばれ続けてきたのだと思うわ。
王の父にはあまり会ったことがないけれど……。
私が気づくのはいつも、“王”を見てからだから」
モルガナの視線が上がり、彼女はアウレリウスをまっすぐに見た。
「幾度も“王”を見てきたけれど、
王がここまで長く生きているのは初めてのことだと思う」
アウレリウスは一度瞳を伏せ、彼女の黒い瞳を見つめかえす。
「赤髪の青年は、“創造神は肩入れした”と言ったのよね?」
彼らは頷いた。
「それは……私も薄々感じていたわ。
グレイブハル城には、創造神の意思が存在していた。
あそこには、二つの意思があるのよ。
一つは創造神オルド、もう一つは、エドマンド・ヴァレイン侯爵の意志」
アウレリウスはわずかに目を見開く。
「……エドマンドの?」
「おそらく、そうよ。
彼は役割を超えて、アウレリウスを守ってきた。
……でもそれは、純粋に“愛”だと思う。
とても深くて、重たい。
そう。あれは紛れもなく……愛だったわ」
モルガナの、ため息が溢れる。
「あの青年は、“王の父”と“観察者”、両方を持っているのではないかしら」
彼女はカップに手を添えた。
「私の魂はずっと“観察者”だった。
でも、これまでの私は、王に近づける立場ではなかった。だから、言葉を交わすことがこれまではなかったの。
でも、今の世で、私は初めて王であるアウレリウスに近づいた。
それは、役割を逸脱する行為だったのかもしれない……。
私は、見ている側でいる資格を失ったのかもしれないわ」
モルガナは口を手で覆う。
その手は、ひどく震えていた。
「わ……私、赤髪の青年の話を聞くまでは、こう思ってたの。
――私が見えるのは、“王”を守るためなんじゃないかしらって。
今まで、見えてもろくに助言をしてこなかった。
だから、王たちは皆、壊れてしまったのよ。
きちんと見えたものを伝えて、言葉を与えていたら、彼らは壊れなかったのかもしれないって」
声が、震える。
「だから……だから、今世では、私はアウレリウスに近づいたの。
あなたが悩むようなら、できるだけ、言葉を尽くそうと……」
視線が、下がる。
「でも……違ったのよ……。
私、間違ったんだわ……。
赤髪の彼の言葉で確信した……。
私は、見ているだけであるべきだった」
アウレリウスとセティは、目を見合わせた。
「“観察者”は、王に侍る血じゃないのよ。
創造神オルドの目となって、監視する“血”だったんだわ……」
彼女は、手で目を覆う。
「私のせいだわ……。
私がアウレリウスたちに近づきすぎたせいで、次の“観察者”が選定された。
私が理解しなかったせいで、その次世代の“観察者”には、知識がはじめから与えられてしまったのかもしれない……」
モルガナの長い黒髪が、揺れた。
「私、ずっと“王”の側に立っているつもりだったのに……。
“王”なんか、“創造神オルド”なんか、私にはどうでもいいわ。
でも、アウレリウスとセティちゃんを、私は壊したくない……。
私は、取り返しのつかないことをしたんだわ……」
アウレリウスは耐えきれず席を立ち上がり、モルガナを抱きしめた。
彼のシャツが、涙で濡れる。
彼を抱き返すモルガナの手は、ひどく白かった。
「……モル。泣かないで。
君のせいなんかじゃない。
絶対、そうじゃないから」
モルガナの嗚咽が、部屋に落ちる。
部屋の窓枠が鳴った。
まるで、誰かが聞いているかのように。
◇
世界は、何も答えない。
理は正しく、
神々は沈黙し、
選ばれた血は、次を待つ。
壊れたものも、
壊れなかったものも、
等しく世界の中にある。
それでも、
誰かが何かを選んだ痕跡だけが、
静かに残る。
城は、今日も湖畔に立っている。
変わらぬ姿のまま。
ただ一つ、
立つ場所だけを、
少しずらしたまま。




