変節5-5 観察者の記錄 Ⅲ
また、ある時の“王”は男性だったわ。
彼も、見目も頭も良かった。
彼は、完璧であろうとした。
そして、その完璧さに押し潰されていた。
この時の“王”である彼は、高い地位にいたけれど、人を寄せ付けたがらなかった。
だけど、
私は、繰り返し見てきたことで、気づいたことがあるの。
“王”は、人を惹きつけるって。
彼は、人が嫌いだった。
いいえ、はじめはそうではなかったけれど、嫌いになってしまったのね。
拒んでも、拒んでも、人は寄ってくる。
誰もが彼に言葉を与え、
彼の身体に触れようとした。
『頼むから、私に触れないでくれ。
頼むから、私を見ないでくれ。
どうか、放っておいてくれないか』
よく、そう言っていたわ。
だけど、彼の時代には、守護者がいなかった。
彼の心を守ってくれる人は、いなかったのよ。
彼は、ある日、刃を喉元に当てた。
彼は、幾度も死のうとした。
だけど、それはいつも、失敗してしまう。
彼を包んでいた大きな力は、それでも、どこか楽しそうだった。
ある時――
『誰か、私を愛してくれ。
私を見てくれないか。
いや、私に触れるな。
私を見るな。
私の言葉を聞くな。
私を殺してくれ。
私を――救ってくれないか』
彼は、そう言った。
誰にも、その言葉は届かなかった。
あれほど、彼に触れたがる人間はたくさんいたのに。
“王”は、心と体を病み、若くして亡くなってしまった。
あぁ、
『言葉は届かなかった』と言ったけれど、
間違いね。
私は、聞いていた。
この時の私は、きっと身分の低い使用人だったんだわ。
彼の声は聞いていたけれど、彼に触れることは許されなかった。
あの時の気持ちは思い出せないけれど、私は、彼を愛していたのかもしれないわね。
あの背をさすってあげられなかったことを、今でも苦しく思うの。
――なぜ、“愛している”と伝えなかったのかしら。
ずっとそう思っていたわ。
でも、今なら分かる。
彼を包む霧が、私を拒んだからよ。
これで、また一つ、箱は壊れたの。




