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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第五章『王を見つめる者』
179/215

変節5-5 観察者の記錄 Ⅲ


 また、ある時の“王”は男性だったわ。


 彼も、見目も頭も良かった。

 彼は、完璧であろうとした。

 そして、その完璧さに押し潰されていた。


 この時の“王”である彼は、高い地位にいたけれど、人を寄せ付けたがらなかった。


 だけど、

 私は、繰り返し見てきたことで、気づいたことがあるの。


 “王”は、人を惹きつけるって。


 彼は、人が嫌いだった。

 いいえ、はじめはそうではなかったけれど、嫌いになってしまったのね。


 拒んでも、拒んでも、人は寄ってくる。


 誰もが彼に言葉を与え、

 彼の身体に触れようとした。


『頼むから、私に触れないでくれ。

 頼むから、私を見ないでくれ。

 どうか、放っておいてくれないか』


 よく、そう言っていたわ。


 だけど、彼の時代には、守護者がいなかった。

 彼の心を守ってくれる人は、いなかったのよ。


 彼は、ある日、刃を喉元に当てた。


 彼は、幾度も死のうとした。

 だけど、それはいつも、失敗してしまう。


 彼を包んでいた大きな力は、それでも、どこか楽しそうだった。


 ある時――


『誰か、私を愛してくれ。

 私を見てくれないか。

 いや、私に触れるな。

 私を見るな。

 私の言葉を聞くな。

 私を殺してくれ。

 私を――救ってくれないか』


 彼は、そう言った。


 誰にも、その言葉は届かなかった。

 あれほど、彼に触れたがる人間はたくさんいたのに。


 “王”は、心と体を病み、若くして亡くなってしまった。


 あぁ、

 『言葉は届かなかった』と言ったけれど、

間違いね。

 私は、聞いていた。


 この時の私は、きっと身分の低い使用人だったんだわ。

 彼の声は聞いていたけれど、彼に触れることは許されなかった。

 

 あの時の気持ちは思い出せないけれど、私は、彼を愛していたのかもしれないわね。


 あの背をさすってあげられなかったことを、今でも苦しく思うの。

 

 ――なぜ、“愛している”と伝えなかったのかしら。


 ずっとそう思っていたわ。


 でも、今なら分かる。

 

 彼を包む霧が、私を拒んだからよ。


 これで、また一つ、箱は壊れたの。



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