変節5-4 観察者の記錄 Ⅱ
また、別の人生では、私自身がどんな身分だったかは、覚えていないわ。
だけど、私は“王”の近くにいた。
その人の家の使用人だったのかもしれないわね。
その時の“王”も、ただの人だった。
見目がとても良い、美しい女性だったわ。
そして、完璧主義で、賢い人だった。
ある時、彼女は恋をした。
幼馴染の青年。
少し内気だけれど、誠実で良い青年だった。
だけど、彼は、斬り殺されたわ。
彼女の騎士によって。
身分的にも“騎士”だったけれど、私には分かったわ。
彼が“守護者”だって。
“守護者”である彼もまた、美しかった。
騎士として無駄のない体つきに、整った顔貌。
誰もが思ったわ。
彼が間違うはずがないのだから、彼女の想い人が、きっと悪いことをしようとしたのね……って。
私も、そう思った。
“王”は泣いていた。
でも、それは仕方がないことだと思った。
だって“守護者”が斬ったのだもの。
彼女を守るために必要なことなのだと、思ったから。
それからしばらく経って、“王”はまた恋をしたわ。
どんな相手だったかは、覚えていない。
その彼もまた、すぐに守護者の剣が届いたから。
“王”は美しかったわ。
それゆえか、よく人を惹きつけ、出会いも多かった。
その次に、彼女が恋をした人も、殺されたわ。
その次も、そのまた次も――。
ある時、私は気づいたの。
“守護者”の彼は、“王”を愛していることに。
だから、あれは正義ではなくて、独占欲なのかしら……って思うようになったわ。
でも、何かしら。
それも違うような気がしたの。
彼もまた、大きな力で覆われていたから。
彼は、彼女を愛していた。
でも、彼が彼女に触れることはなかった。
“王”は想い人を幾人も失って、壊れかけていた。
恋をすれば、人が死ぬ。
恋心を隠しても、なぜか“守護者”の彼には気づかれてしまう。
ある時“王”は、“守護者”の彼に言ったの。
『恋がしたい。
貴方は私を、愚かな女だと思うでしょう。
でも、一生に一度でいい。
女として、愛されたいの』
守護者の彼は怒ったわ。
『そんなことを貴女が望んではならない。
貴女は神聖であり続けるべきだ。
それでこそ、私が愛する貴女なのだから』
王の彼女は泣いた。
『騎士のあなた。
私を愛して。
これ以上失うのは、もう、耐えられない。
私にあなたの愛を与えて。
そうでなければ、私はもう生きることなどできないわ。
この世界に、未練などないのよ』
そうして、とうとう守護者の彼は彼女と身体を繋いだ。
彼女の中から、“王”の光が消えた。
しばらくは、二人は幸せそうだったわ。
だけど彼女は病にかかって、すぐに亡くなってしまった。
私には、見えていた。
――あれは、壊れたおもちゃを、誰かが捨てたのよ。
ねぇ、聖典三十二章を、知っていて?
◇◇◇
創造神オルドは、神の御遣いセリスの背に問う。
『お前は何を守る』
セリスは応える。
『父が守れと言ったものを』
オルドは笑った。
『それはお前が勝手に決めたのだ。私は箱を作った。箱が壊れれば、新たな箱を作るまで』
セリスは泣いた。
『私は箱を壊したくなかったのです』
太陽神ソラエは怒った。
『壊れた箱は燃やしてしまえ』
オルドはソラエを笑った。
『なぜ燃やさねばならぬ。放っておけばよい』
ソラエも笑った。
『お前の作ったものはつまらぬ』
オルドは怒った。
『お前の作ったものは美しくない』
こうして神々は争った。
セリスは壊れた箱を抱いて泣いた。
神々はセリスを二度と見ることはなかった。
◇◇◇
これは、彼女と彼の物語だったんじゃないかしら。
それで、この時代の王は終わったの。




