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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第五章『王を見つめる者』
175/215

変節5-1 境界を知る道


 王都オルドンのほど近く、湖のほとりに、古い城がある。


 世界の理から、わずかに外れた場所。

 神々の沈黙が、届かぬ距離。


 城は変わらない。

 湖も、森も、静けさも。


 変わるのは、そこに立つ者の位置だけだ。


 境界は、守られるものではなく、交わされるものとなった。


 これは、世界に抗う物語ではない。

 世界の中で、誰を選ぶかを問う章である。


 ◇


 あれほどの嵐がまるで嘘だったかのように、空は晴れ渡っていた。


 馬蹄が踏む道は、水気を含んではいるものの、雨の匂いは遠い。

 その日、アウレリウスとセティの乗る馬車は丘を越え、石と黒鉄の外門をくぐった。

 

 馬車は草原を抜けると、疎林に入った。

 倒木がいくつかある。嵐で倒れたのかもしれない。


 車輪が泥を飛ばし、アウレリウスは道を選びながら馬車を進めた。


 彼らは、また平原に出る。

 遠くに見えてきた、王都の街並み。


 二人は、言葉を交わさなかった。

 

 時々、アウレリウスがセティの視線を感じて顔を向けるも、話すことはなく、微笑み合うだけ。


 そのうち、森へと入っていく。

 空の青は木々によって隠された。

 

 木漏れ日が、アウレリウスの手綱を握る手を照らしている。

 隣で、セティが小さくため息をついた。


 アウレリウスは前を向いたまま、セティに手を差し出し、その手は強く握られる。


 お互いに、言葉は何も出てこなかった。

 何を言っても、違う気がした。

 

 やがて、馬車の音が変わる。

 道は石畳になり、淡い霧が、この先の王都をぼんやりと隠すように包んでいた。


 二人は馬車を預け、王都の街を歩く。

 

 白い石畳が続くセント・ブリッジ区を抜け、官僚街の西原、そして学院街のハートウェル区を越えていく。

 

 人々の足音。

 通り過ぎる馬車。

 どこかの扉の軋む音。


 石畳が弾く鈍い光。

 等間隔に並ぶ街灯。

 

 靴磨きの少年と、その客のやりとりが聞こえてくる。


 王都は今日も、どこか忙しなくて、どこか他人行儀だ。

 だけど、その底に、ちゃんと人の営みがある。


 アウレリウスが持つ杖が、一度だけ石畳を打った。

 

 西区。

 大通りを一本入り、いくつも道を進んだ先。


 白っぽい縦長の一軒家。

 深い緑に塗られた扉。

 風にかすかに揺れる木の看板。


 その扉の前に佇む、黒い猫を抱いた女性。

 整った弧を描く赤い唇。


 アウレリウスたちは、立ち止まった。


「こんにちは、モル……」


 彼女は、眉を小さく下げて、やさしく微笑んだ。


「いらっしゃい。

 アウレリウス、セティちゃん」


 モルナガは猫の背を撫でる。


「……知ってしまったのね」


 アウレリウスは、柔らかく微笑んだ。


「……僕たちに、教えてくれる?」

「えぇ。私に分かる範囲で良ければ。

 ……どうぞ、入って」


 三人は、扉の向こうに静かに姿を消した。



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