変節5-1 境界を知る道
王都オルドンのほど近く、湖のほとりに、古い城がある。
世界の理から、わずかに外れた場所。
神々の沈黙が、届かぬ距離。
城は変わらない。
湖も、森も、静けさも。
変わるのは、そこに立つ者の位置だけだ。
境界は、守られるものではなく、交わされるものとなった。
これは、世界に抗う物語ではない。
世界の中で、誰を選ぶかを問う章である。
◇
あれほどの嵐がまるで嘘だったかのように、空は晴れ渡っていた。
馬蹄が踏む道は、水気を含んではいるものの、雨の匂いは遠い。
その日、アウレリウスとセティの乗る馬車は丘を越え、石と黒鉄の外門をくぐった。
馬車は草原を抜けると、疎林に入った。
倒木がいくつかある。嵐で倒れたのかもしれない。
車輪が泥を飛ばし、アウレリウスは道を選びながら馬車を進めた。
彼らは、また平原に出る。
遠くに見えてきた、王都の街並み。
二人は、言葉を交わさなかった。
時々、アウレリウスがセティの視線を感じて顔を向けるも、話すことはなく、微笑み合うだけ。
そのうち、森へと入っていく。
空の青は木々によって隠された。
木漏れ日が、アウレリウスの手綱を握る手を照らしている。
隣で、セティが小さくため息をついた。
アウレリウスは前を向いたまま、セティに手を差し出し、その手は強く握られる。
お互いに、言葉は何も出てこなかった。
何を言っても、違う気がした。
やがて、馬車の音が変わる。
道は石畳になり、淡い霧が、この先の王都をぼんやりと隠すように包んでいた。
二人は馬車を預け、王都の街を歩く。
白い石畳が続くセント・ブリッジ区を抜け、官僚街の西原、そして学院街のハートウェル区を越えていく。
人々の足音。
通り過ぎる馬車。
どこかの扉の軋む音。
石畳が弾く鈍い光。
等間隔に並ぶ街灯。
靴磨きの少年と、その客のやりとりが聞こえてくる。
王都は今日も、どこか忙しなくて、どこか他人行儀だ。
だけど、その底に、ちゃんと人の営みがある。
アウレリウスが持つ杖が、一度だけ石畳を打った。
西区。
大通りを一本入り、いくつも道を進んだ先。
白っぽい縦長の一軒家。
深い緑に塗られた扉。
風にかすかに揺れる木の看板。
その扉の前に佇む、黒い猫を抱いた女性。
整った弧を描く赤い唇。
アウレリウスたちは、立ち止まった。
「こんにちは、モル……」
彼女は、眉を小さく下げて、やさしく微笑んだ。
「いらっしゃい。
アウレリウス、セティちゃん」
モルナガは猫の背を撫でる。
「……知ってしまったのね」
アウレリウスは、柔らかく微笑んだ。
「……僕たちに、教えてくれる?」
「えぇ。私に分かる範囲で良ければ。
……どうぞ、入って」
三人は、扉の向こうに静かに姿を消した。




