変節4-6 供物の少女
アウレリウスは、口元を手で覆った。
――吐き気がする。
赤髪の青年は、それを見て小さく笑った。
「だから、創造神はまた選定したのです。
新たな“王の父”を。
つまり、私ですよ。
幸いなことに、貴方はまだ壊れきってはいない。
それに、一から造られた貴方のその身には“王の器”が宿されている。
それほどの“完璧な体”をお持ちだ。
貴方の“王の父”と私に与えられた役割は、少し異なる。
貴方の父は、貴方を一から創った。
私は貴方の血を使って新たな王を創る。
貴方は私に協力すべきです。
なんせ、壊してしまったんですからね」
青年は、少女の背を軽く叩いた。
赤い髪の少女は小さく頷くと、静かに立ちあがる。
彼女は、アウレリウスを見ると、わずかに目を伏せた。
「貴方に差し上げます」
「……何を?」
「この娘です。見目はまぁ、貴方方ほど整ってはいませんが、悪くはないでしょう?
この子の子宮は私が造りました。王を宿すための特別なものです」
喉の奥が、ひやりと締めつけられた。
アウレリウスの指先が震える。
「お分かりになりませんか?
この娘と子をなしなさい。
貴方の王の器と、この娘の王のための子宮で子を造れば、それが新たな王となるでしょう」
「……できないよ、そんなこと」
アウレリウスの声が掠れる。
セティも声が出せず、アウレリウスの服の肘をつかんだ。
青年はゆっくりと立ち上がって少女の髪をそっと撫で、少女の水色の瞳は、城の床を見つめている。
雨音が絶えることなく、石を叩いている。
「そうですか?
未成熟に見えますか?
機能としては問題ありません。
子を孕むことはできますよ」
「……そういうことじゃない」
青年は鼻で笑うと、少女を置いて真っ直ぐに歩き出した。
「情緒も必要でしょうから、私は馬車に戻っています。
“あとは若いお二人で”、というやつですね。
まぁ貴方のほうが私より年上ですが。
それでは、さようなら」
赤髪の青年は、軽く頭を下げると玄関扉を出ていく。
玄関ホールには、燭台の明かりだけがゆらゆらと揺れていた。
「……王様」
少女の声。
まだ幼い。
身体はまだ細く、大人の女性にあるような身体の丸みはあまり見て取れない。
その細い腕は、わずかに震えていた。
「セティ、温かい飲み物を彼女に」
「……はい」
セティが駆けていく背中を見送り、アウレリウスはゆっくりと彼女を見た。
「君の……名前は?」
「……イリスと申します」
イリスは視線を上げて、アウレリウスの瞳を見た。
下ろされたままの癖のある長い赤い髪は、雨に濡れ、その背の服さえも濡らしている。
水色の瞳は澄んでいるのに、何も映していないようだった。
「君は、彼と似ているけど……」
「妹です。
……王様、私に貴方のお子を」
「……なぜ、そんなことを」
「なぜ?」
イリスは歩いて、アウレリウスの目の前に立った。
「兄様が、そう、私におっしゃったからです」
アウレリウスは、眉を寄せる。
「兄様は、私の命を救ってくださった。
……兄様がそうしろと言うなら、私は従います」
彼女は手を伸ばして、アウレリウスの胸に手を置く。
その手を、彼は反射的に掴んだ。
「……君の気持ちは?
君の尊厳はどうなる」
「必要ですか?」
息が止まる。
「気になるようでしたら、王様は目を閉じていてもいいですよ。
その間に、全て終わります」
掴んでいた手を離して、アウレリウスは一歩下がった。
呼吸が浅くなる。
「……そんなこと……。そんなことできるわけ……」
「できますよ。
生理現象ですもの。兄様が……」
足音。
セティがカップを持って戻ってくると、彼は、イリスとアウレリウスの間に体を差し込んだ。
「……アウルに、あまり近づかないで」
イリスがセティを見つめる。
「守護者さんは私を受け入れられませんか?」
「君とアウルが本当に恋をしたなら、受け入れる。
今はそうじゃないから、受け入れられない」
イリスは不思議そうに眉を上げた。
「兄様がおっしゃっていました。
守護者さん、貴方が王様を壊したのでしょう?
貴方が一番の裏切り者なのではないですか?
“守護者”が壊すなんて、不思議です」
セティの肩が震える。
「セティ、話を聞かないで」
アウレリウスはセティの肩をそっと掴んで、自分の後ろに彼を立たせた。
「イリス、お茶だけ飲んだら、帰って。
僕たちも、今日は混乱してる」
少女は瞳を伏せて、頭を下げた。
「王様の仰せのままに」
彼女は腕を伸ばしてセティからカップを受け取ると、両手でそれを持って、立ったまま静かに飲んだ。
「……温かいですね」
二人は、それを黙って見守る。
飲み終わると、イリスはカップを差し出した。
「……ごちそうさまでした」
アウレリウスが受け取る。
「それでは王様。
また来ます。次は、良き日となることを」
彼女はスカートの裾を持ち上げ、小さくカーテシーをした。
足音が遠ざかる。
セティの息を吐く音が、わずかに玄関ホールに響いた。




