変節4-5 理の宣告
嵐のような日だった。
強い風と雨が城の石壁を叩き、日頃は開け放ったままの玄関扉も、今日この日は閉めていた。
こんな悪天候で城を訪れる見学者などいないだろう。
だが、アウレリウスとセティは、どうしてか受付室にいた。
いなければいけないと、そう感じていたからだ。
小窓のガラス窓は閉じている。
大粒の雨が当たっては、砕けていた。
風に揺らされ、窓枠がしきりに音を鳴らしている。
ふと、アウレリウスは顔を上げた。
ソファにいたセティを振り返ると、彼もまた、眉を寄せてこちらを見ている。
「来た」
「こんな日に……。珍しいですね」
「内門を開けてくる」
「はい。僕も傘を持ってついていきます」
雨避けの外套を羽織り、外に出た。
内門の向こう。
強い雨は、黒い霞を作っている。
その中で、滲むように一台の黒い馬車がいた。
アウレリウスが内門の錠を外して開けると、馬車は雨を弾きながら彼を通り過ぎる。
甘い匂い。
アウレリウスはわずかに目を細めた。
馬車から降り、川のように雨水が流れている石畳を歩いてきたのは、赤髪の青年と、よく似た髪色の少女だった。
玄関扉を開け、二人を城内に導く。
セティが彼らから濡れた外套を預かり、布巾を二人に手渡した。
「ありがとう」
青年はにこやかに受け取り、濡れた顔や髪を拭いた。
少女も、布巾を静かに受け取る。
「こんにちは。
大変だったでしょう……」
アウレリウスが柔らかく言うと、青年は少しだけ口端を歪めた。
「仕方ありません。
この城も、怯えているのでしょう」
「え?」
青年は少女から使い終えた布巾を受け取ると、自分が使っていたものと合わせて丁寧に手元で畳む。
「お話をしに来て差し上げたのです。
それから、貴方への“供物”もお待ちしました。貴方には必要でしょう?」
青年は、少女の手を引いて歩くと、玄関ホールのベンチに並んで腰掛けた。
そして、ぺらりと手のひらをアウレリウスたちに見せる。
「親切な私が、教えてさしあげましょう」
玄関ホールの燭台の火が、一斉に揺らいだ。
彼は息を吸い、朗々と語り始める。
「創造神オルドは、かつて我々に言った。
『私は、壊れぬように世界を組んだ』
創造神は世界に“壊れないように”しっかりとした理を創ったのです。
彼は創るだけ創って、観察して、あとは人の子のなすままにしていた。
だが、世界はすぐに乱れる。
そこで創造神は、世界に壊れない箱を作ろうとした。
世界の核となる“王”という存在。
創造神はやはり、創るだけだ。
王がどう振る舞うかは、人の子に任せた。
いや、王が人でさえない時もあった。
創造神はやはり、観察していた。
大抵の“王”は、すぐ壊れてしまう。
美しくもなかった。
だから、創造神はそれをあえて、
時に壊し、時に放置した。
そうやって世界は回り続けた。
創造神は王を壊れなくするために、御遣いを選定することにした。
選ばれし血は三つ。
王の父、守護者、観察者。
かつて選ばれた王の父、アルケオンは言った。
『我が血は選ばれ、世界は、王を得た』
かつて守護者として選ばれたセリスはこう言う。
『我は王の影となった。
剣も盾も持たず、ただ境を守るのみ。
それが、我が使命』
かつての観察者ノクサはこう言った。
『我は、見る。
告げず、裁かず。
それが我に与えられた血』
そう。
貴方は、
この世で王の父として選ばれた“エドマンド・ヴァレイン侯爵”によって造られた
“壊れない王”。
そして今の世には奇跡が起きた。
本来、創造神は創るだけ。
導くことも守ることもしない。
選ばれし血を持つものが現れるのは、場所も時代も、不規則だった。
そんな創造神が選んだ血が、一処に揃ったのだ。
貴方の近くにいるだろう?
貴方を守る、黒髪の守護者。
理を見る、赤い唇の観察者。
そして、貴方自身も、創造神オルドの理想の王に最も近い存在だった。
揺るぎのない整った容姿。
衰えも、死にもしない身体。
だから、創造神は珍しく肩入れした。
この城に介入して、しばらくは貴方を守っていただろう?
“壊れない王”である貴方は、創造神のお気に入りとなった。
だが、愚かな貴方は、それを
――“壊した”。
とんでもない裏切りだ。
世界を裏切ったんですよ、貴方。
人の子の壊れない世界に、亀裂を入れた。
私欲のために、ね」
語り終えると、青年はにこりと笑う。
アウレリウスとセティはそれを、ただ立ち尽くして見つめていた。
「さて、これがこの世界の真実です。
無知な貴方に教えて差し上げました。
今の気分は、どんな気分ですか?」
稲光。
雨の音が、石壁を強く打っていた。




