変節4-4 沈黙する城
マホガニーの大きな書斎机。
無数の傷が残るその天板を、僕は包帯が巻かれた指先で撫でた。
僕の創造主であるエドマンド・ヴァレイン侯爵の書斎だった部屋には、厚いカーテンの隙間から、筋のような鈍い光が漏れている。
外は雨。
部屋は、灰色に沈んでいた。
僕はため息を吐き、書斎机の椅子に身を降ろす。
「エドマンド……」
机に顔を伏せた。
植物文様が描かれた濃い緑色の壁は、今は色を失っている。
数々の最高級の調度品も、息を潜めるようにそこにあるだけだ。
昨日から続く雨の音が、澱のように足元に溜まる。
「何だったんだろう、彼は」
赤髪の青年の、薔薇のような強い甘い香りが、今も鼻の奥に残っている気がした。
「“壊してしまった”っていうのは、やっぱり僕の不老不死の体のことなんだよね。
……きっと」
――なぜ知っているんだろう?
……なんだか気持ち悪い。
体の奥を、誰かに覗き込まれているみたいだ。
ふと、机の引き出しを開けた。
中には、小さな箱。
深い色味の繊細な彫刻が施されたそれに、小さな鍵を差し込んで回した。
かすかな金属音が鳴る。
中には金の髪が一房。
かつてエドマンドが切った、僕の髪だった。
「エドマンド……、僕は間違っていたのかな」
そっと指先で、髪を撫でる。
セティを造ったとき、僕は一人きりだった。
あの時僕は、孤独に飲まれておかしくなってた。
――でも、今はセティがいる。
この先何百年生きたとしても、精神の摩耗は起こらないかもしれない。
だけど、壊れてしまってから新たな選択肢を選ぶことなんて、きっとできないだろう。
だから、壊れてしまう前に、終わりを作ってしまいたかった。
雨音が、かすかに耳に届く。
セティの構成破壊は、判断を遅らせるべきだったかな。
でも、万が一、セティを一人遺していくような事態が起きたら?
……そんなこと、絶対にだめだ。
やっぱり壊すなら、二人同時でなくてはならなかった。
それに……、もう僕自身が、
これ以上長く生きるのは、耐えられない気がする。
「エドマンド、僕は老化を手に入れちゃいけなかったのかな」
わずかに手元が照らされる。
どこかで、雷が落ちたのかもしれない。
――エドマンド、君が作ってくれた体を壊してしまった僕を、君は許してくれる?
箱を閉じた。
小さく軋む音。
引き出しに箱をしまい、僕はエドマンドの書斎を後にした。
◇
その頃、セティは観測塔に登っていた。
塔の最上階には屋根があるが、斜めに降る雨は、石床を濃い灰色に染めていた。
セティが立ったまま腕を伸ばすと、手のひらに大粒の雨が落ちてくる。
「あの人、アウルを傷つけたんだ。
許せない」
濡れた手を握りしめた。
「それにしても……、あれって、不老不死のことを言っていたのかな?」
ブーツの先が濡れ、色を黒くしている。
「だとしたら、どうして知ってるんだろう」
一瞬、強い光に全身を照らされる。
音は、雨音だけ。
どこか遠くで雷が落ちた。
「大丈夫だよね……?」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
前髪についた雫が、ポタリと、落ちた。




