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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第三章『変節』
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変節3-4 結び目の先


 西区の並木道。

 中流向けの店が、きちんとした顔で軒を連ねている。


 その店の一つ、大きなガラス窓の向こうに棚がいくつも並んでいるのが見える。モルガナは迷いなく扉を押し開けて中に入り、セティも彼女の後をついて、その手芸小物店に入った。


 彼女は馴染み客なのか、奥で作業している店主に向かって小さく手を挙げた。店主も微笑みながら小さく頭を下げる。


 木製の棚には、ずらりと並ぶリボンの巻き。

 モルガナが躊躇いなく触れた引き出しには、ボタンやレースが入っている。

 甘い糊と布の匂い。

 

 コツコツと、歩く音が小さく木の床を鳴らす。


 いつの間にか、モルガナの手には黒いレース。


「……それは?」

「ショールを少し、直そうと思って」


 声が店内に響き、つい、声を潜めた。


「モルは黒以外の服は着ないの?」

「……着ないわね」

「なぜ?」

「魔女の末裔だから」

「魔女っぽくしてるってこと?」

「そうよ。雰囲気って大事よ」


 モルガナがふらりとまた歩き出し、セティは棚に視線を向ける。

 リボンが色ごとに並んでいる。一つ手に取って眺める。

 金の髪に似合いそうな色を、無意識に選んでいた。

 

 アウレリウスとは仕立て屋には行くが、手芸店には来ない。何かあれば、アウレリウスは仕立て屋になんでも依頼してしまうからだ。

 彼を育てたのが侯爵という高い身分の男であったから、手芸店に行くという発想はなかったのかもしれない。


 セティはリボンの巻をいくつか持って、店主のもとへ歩き出す。




「助かるわ。布って意外と重たいのよ。

 ――あなたも何か買ったのね」

 

 店の前で、モルガナが買った布を受け取りながら頷く。


「そう。

 あと、小麦粉やミルクを買いたいわ。いつもは重いから運んでもらっちゃうの」

「いいよ、行こう」


 並んで歩き出す。

 彼女の髪が揺れて、わずかに白檀のような静謐で甘い香りが立ち上がる。


「……モルはいい匂いがするね」


 モルガナは眉をひそめた。


「……あなた」


 ほんの少しだけ、目を細める。


「何?」

「なんでもないわ。買い物したら少し休憩しましょうね」

「うん」


 リンデンの葉が風に揺れる。




 通り沿いの小さな広場。

 ベンチに並んで腰掛ける。


 小さな花壇が品よく並び、広場の入り口にはホットドリンクの屋台が出ている。西区の中でも学院街であるハートウェル区に近いここは、少しだけ砕けた雰囲気があった。


「ねぇ、モル、少し髪を触っていい?」

「……いいわよ」


 セティは、手芸店で買った包みの一つを開けてリボンを取り出す。モルガナの耳横の一房だけとって、少し編み、そのリボンをつけた。


「ほら、かわいい」


 モルガナがそのリボンに触れる。

 控えめな刺繍が施された赤のリボン。


「これ、赤だわ」

「お礼だよ。すごく似合う」

「……あなたとアウレリウスは、やっぱりお似合いだと思うわ」


 セティの耳が少しだけ赤く染まる。


「何本かリボンを買っていたわよね。そっちは?」


 もう一つの包みを開けて、モルガナに見せる。


「光沢のある、明るい水色。……あなたの?」

 

 セティは小さく首を振った。


「……アウルに」

「喧嘩中なのに、お土産を買ったのね」

「でも……。これ、絶対似合うよ。

 金髪に青い瞳だし」

「えぇ、似合うと思うわ。あなたの大好きなアウレリウスに、ね」

「モルはちょっと意地悪だね」

「そうかしら?」


 モルガナはもう一度、髪に結ばれた赤いリボンに触れる。


「……やっぱり素敵ね。

 ありがとう。大切に使わせてもらうわ」


 セティは、少し照れたように笑った。




 二人はまた荷物を持って、リンデンの並木道を歩き出す。モルガナの店へ帰るため。


「重たいものの買い物に付き合ってもらえて、助かったわ。

 男手がいなくて大変なのよ」

「一人で重いものを運ぶと、変なのに絡まれるかもしれないよ?」

「あなたがときどき手伝いにきてくれたら、万事解決するわ」


 セティがふと、足をとめる。

 モルガナも、彼に合わせて立ち止まった。


「もうアウルにキスさせない?」


 首を傾げる。


「……なんのこと?」

「指先に……」


 不思議そうにモルガナはセティを見て、一拍遅れて笑い出した。


 ――確かに先日、アウレリウスがキスしてたわね。


「ふふ。やだ、あなたかわいいわね。

 それはアウレリウスに言いなさい」


 口を押さえて笑うモルガナに、セティはわずかにうつむく。


「まったく、二人そろってバカね」

「……僕が手伝いに来るよ。

 アウルには手伝わせないから」


 モルガナは耐えられなくなって、声を立てて笑った。

 セティは小さくため息をつくと、荷物を抱えなおして歩き出す。


「早く帰ろう。暗くなっちゃう」

「そうね。ふふ。ふふふふ」

「いつまで笑ってるのさ」


 リンデンの葉の向こうには、橙に染まり始めた空。

 白い月が既に浮かんでいる。


 ――アウルは今、何してるのかな。


 並んで歩く二人の足音が、石畳を打った。

 その音は、夕暮れに静かに吸い込まれていった。


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