変節2-4 境界の向こう側
変節2-4 境界の向こう側
明かりの落ちた部屋に、月光が夜の肌を薄く染めていた。
セティは窓辺にもたれるように立ち、湖面に落ちた丸い影を静かに見つめている。
扉が開いた。
アウレリウスは部屋に入ると、少し驚いたように燭台を持ち上げた。
「セティ?」
「……アウル」
衣擦れの音が、かすかに落ちる。
橙の明かりが彼の影とともに揺れ、部屋を柔らかく照らした。
燭台を書き物机に置き、ゆっくりと歩み寄る。
「明かりもつけないで……どうしたの?」
セティは窓から離れ、ベッドの脇へ。アウレリウスはその縁に腰を下ろした。
「アウルは、僕を受け入れられますか?」
「……え?」
セティは正面に立ち、両手を差し出す。手が重なる。
「僕とアウルが一緒に幸せにいるために、『老化』が必要なんですよね」
「……うん」
「なら、僕も、アウルと年を取りたいです」
灰と青の視線が絡み合う。
「でも」
片手を抜き、アウレリウスの頬に触れ、金の髪を一房すくう。
「それ以上に、僕はアウルが欲しい」
その髪に、そっと口づける。
「……僕を受け入れてくれますか?」
「セティ……」
アウレリウスは両手のひらでセティの頬を包み、引き寄せて唇を重ねた。
「受け入れるよ」
外では、雨の音がしはじめる。
「僕が、望んだことだよ」
セティは彼の膝に乗り、向き合うように座る。頬を包み、額を寄せる。
「もし……またアウルが泣いても、『やめて』って叫んでも、次は止めてあげられない」
「ふふ。前回、僕、泣いちゃったもんね。
――もう泣かないよ。やめてなんて言わない」
アウレリウスは手を伸ばし、セティの夜着のボタンを一つ、また一つと外していく。
「セティも、僕に体を預けてくれる?」
静かに頷く。
「アウル、好きです。大好きです。愛しています。だから……」
「……セティ、僕を壊して」
衣擦れの音が重なる。
月が出ているのに、雨が降っている。
それが拒絶の雨か、祝福の雨か――
知るものは、誰もいない。
眠る二人のあいだに、朝がそっと腰を下ろしていた。
セティが目を覚ますと、部屋には静けさと光が並んで呼吸している。
起き上がろうとした瞬間、
「セティ」
腰を強く抱き寄せられた。振り返ると、アウレリウスはまだ横たわっている。
「セティ。ねぇ、聞いて」
金の髪がシーツに散る。セティは体の向きを変え、その髪をそっとすく。
「セティ、僕ね、身体が痛いんだ」
「え」
血の気が引く。
「ぼ……僕のせいで」
アウレリウスは柔らかく笑い、首を振る。
「聞いて。いつもなら、このくらい翌朝には治ってた。
――でも、僕、身体が痛いんだよ」
「アウル……」
顔を寄せると、彼は首に腕を回した。
「恒常性が……落ちたんだ。
ネズミと人では違うかもしれない。だから、まだ様子見が必要だけど。
それでも……それでもね」
青い瞳から涙が落ちる。
「僕、身体がまだ痛いんだよ。
……信じられる?」
口づけ。
「セティ、君のおかげだ。
ありがとう……」
灰の瞳からも、静かな涙が落ちた。
「体が治ったら、僕もセティを壊してあげる」
セティは頷く。
「一緒に年を取ろう。
セティはきっと、まだ背が伸びるよ。僕より高くなるかもしれないね」
誰よりも綺麗な笑顔。
窓の外、昨夜の雨の雫が落ちた。
朝の光が濡れた石壁をなぞり、城を黄金に包む。
世界は、今日も、美しかった。




