表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第二章『壊した未来』
156/160

変節2-3 許されない選択


 朝の掃除を終え、セティは城の裏口から外へ出た。


 石造りの観測塔に足を踏み入れると、螺旋階段の奥から、どこまでも伸びるように陽光が差し込んでいる。

 光に導かれるように、階段を上った。

 どれほど強く踏みしめても、ブーツの音は吸い込まれていく。


 頂上に辿り着き、石塀に腰を下ろして足を外へ投げ出した。


 青い空を仰ぐ。

 上空では風が強いのか、雲が次々と形を変えながら流れていく。


 セティの瞳の奥で、緑が淡く光った。


 甘い水の匂いが鼻をくすぐり、温かな風が髪を撫でる。


「僕を、歓迎してくれる?」


 どうしてか胸が締めつけられた。

 覚えのない後悔と懺悔が、無理やり心に流れ込んでくる。


「アウルは、僕のことが本当に好きだよ。

 ……無自覚だけど」


 髪を束ねていたリボンに、誰かがそっと触れたような気がした。


「僕も、彼が好きだ。本当に。愛してる」


 誰かに問われている感覚。

 見守るようで、監視するようで、判断を下そうとする存在。

 アウレリウスに下心を向ける人間が近づいたとき、

 いつもセティに「行け」と告げてきた、あの声。


「アウルだって、そろそろ僕を受け入れられる」


 手を伸ばすと、風が指先に絡みついた。


 それは、深い憂慮だった。

 セティのものではない、誰かが誰かを案じる思い。


「ちゃんと……両思いだと、思うんだ」


 右手のひらに、どこからか舞い降りた月桂樹の葉が乗る。


「アウルが願っているのに、

 僕が叶えない理由なんて、ないでしょ」


 葉を包み込む。

 爽やかで、ほのかに甘い香り。


「ねぇ。

 僕が、彼の境界を壊すことを――許してくれる?」


 一度だけ、強い風が吹いた。

 セティは、ほんの少し口角を上げる。


「……ありがとう」


 雲が、青空を横切っていった。




 使用人棟を抜け、玄関ホールへ戻った瞬間、肌を刺すような痛みが走った。


 先ほどの高揚が嘘のように、悪寒が背を撫でる。


 城が、急に暗くなる。


 遠くで雷鳴が響いた。


 月桂樹を纏う創造神と、輪を持つ星が描かれたステンドグラスを見上げる。


 稲光。


 思わず目を伏せる。


 遅れて、雷声。


 無意識に、ステンドグラスを睨んでいた。


「……どうせ何もできないくせに、

 なぜ僕に干渉しようとするの?」


 なぜそんな言葉が口をついたのか、自分でも分からなかった。


「どうせ僕たちに関心なんてないくせに、

 なぜ僕を止めようとするの」


 雷が轟く。


「あなたが僕を拒絶しても、

 アウルは僕を選んだんだ」


 大粒の雨が、ステンドグラスを叩き始めた。

 創造神オルドの月桂樹が、濡れていく。


「アウルが望んだんだ」


 手の中の月桂樹の葉を、強く握りしめる。


「僕は、応える」


 葉が、わずかに音を立てて割れた。


「僕は彼のものだ」


 髪を束ねていたリボンが解け、黒髪が肩に落ちる。


「彼もまた、僕のものなんだ。

 あなたになんか、渡さない」


 足元に落ちた深緑のリボンを拾い、口づける。


「僕は、彼の境界を壊すよ」


 再び雷鳴が落ちた。


 セティは階段を駆け上がり、息を切らして私室へ戻る。

 窓辺には、空を眺めるアウレリウスがいた。


 ゆっくりと振り返る。


 雨雲の切れ間から、幾筋もの光が降り注いでいる。


「セティ。夕立だったのかな。

 すごい雷雨だったね」


 セティは一度、大きく息を吸い、彼に駆け寄って抱きついた。


「セティ……どうしたの?」

「……なんでもないです」


 首を傾げつつ、アウレリウスはそれ以上問わず、背を優しく撫でる。


「……晴れてきたよ。

 ほら、きれいだね」


 腕の中で顔を上げる。 


 光が空を裂き、峰に虹がかかっていた。

 青が、雨雲を追い払うように広がっていく。


「……本当だ」

「……ね。きれいだよね」


 湖の甘い匂いが、いつもより強く立つ。


 空を見つめる横顔を見つめ、

 セティはその背に回した腕に、そっと力を込めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ