変節2-2 許された距離
そろそろ、いいんじゃないかな。
踏み込んでも。
僕は、手綱を握るアウルの横顔をうかがう。
整った顔立ち。
青い瞳は、ゆったりと景色を見ている。
ミント採集の帰り道。
まだ陽は高い。
雲の影が草原を這い、僕らはそれを追い越した。
彼の背に、ぎゅっと抱きつく。
それに気づいたアウルは、僕の腕をぽんぽんと軽く叩いた。
そして少しだけ振り返って、甘く笑う。
アウルは、キスしても嫌がらない。
こうして強く抱きしめても、大丈夫。
「アウル」
「なぁに?」
「好きです」
アウルが笑う。
「僕もセティが好きだよ」
「アウル」
「……どうしたの?」
「愛しています」
「僕もセティを愛してるよ」
言葉では伝わっているのかどうか、いまいちわからない。
アウルは日頃から愛の言葉をたくさんくれるから、その“愛”がどこを向いているのかが、わかりにくい。
馬の速度が落ちる。
城に帰ってきたのだ。
内門をくぐり、厩まで歩かせると、先にアウルが馬を降りた。
僕の斜め前に立ち、脇に手を入れる。
僕はアウルに抱きつくようにして、馬を降りた。
――おかしいでしょ。
後ろから支えればいいだけなのに、どうしてわざわざ前に立つの。
「セティ、また行こうね」
キラキラと笑っている。
――多分、アウルは自覚してない。
――もう、踏み込んでもいいんじゃないかな。
アウルの正面に立ち、その胸に手を当てる。心臓のあたり。
アウルは本来、こういうの嫌でしょ?
“人体の弱点”に触れられるのは。
視線を上げると、きょとんと僕を見る青い瞳。
「どうしたの? 脈動がわかる?」
――あぁ……嫌がらないんだ。
以前、見学者が触れた時は、すごく嫌そうだった。
でも僕は、許されるんだ。
僕は首を振った。
「……わかりません」
アウルは僕の後頭部を支え、胸に引き寄せる。
僕は少し腰をかがめて、耳を彼の胸につけた。
「……ほら、聞こえる?」
胸がぎゅっと締め付けられる。
――聞こえる。アウルの生きてる証。
「聞こえます……」
顔を上げると、アウルは柔らかく笑った。
「そっか」
――好きだなぁ。
――もう、踏み込んでも許されるんじゃないかな。
夜。
寝支度を整えて部屋に戻ると、アウルはソファで新聞を読んでいた。
――首筋が、すごく出てる……。
またボタンをあまり閉めていない。
立ち振る舞いは完璧なのに、こういうところが無防備なんだ。
だから見学者に誤解される。
正面に立つと、アウルは新聞をたたんで見上げる。
「セティ、どうしたの?」
ふわりと笑っている。
僕はアウルを閉じ込めるようにソファの背に手をつき、首筋にキスをした。
小さく、声が漏れる。
驚いて離れると、アウルは気まずそうに視線を逸らし、首元を押さえている。
「……ごめんなさい」
思わず謝ると、アウルは一拍置いて笑った。
「……あはは! びっくりしちゃった」
「……怒らないんですか?」
隣に座る。さすがにやりすぎたかもしれない。
「怒る?」
「……はい」
アウルは手を伸ばし、僕の頬に触れる。
顔を向けると、彼は僕の唇にキスをした。
アウルから、僕に。
ゆっくり離れて、少しいたずらっ子みたいに笑う。
「……びっくりした?」
「……はい」
「じゃあ、これでおあいこだね」
――アウルは、絶対、僕が好きでしょ?
――それはもう、“恋”だよね?
僕らの間に、踏み込んじゃいけない理由なんて、
もう、ないんじゃないかな。




