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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
変節 第一章『立つ場所』
145/160

変節1-1 立つ場所

本作『変節』は、

『グレイブハル城の観測者たち(正編)』および『拾遺』の読了後に位置づけられる物語です。


時間軸としては、

拾遺・第九章三話と最終話のあいだに起きた出来事を描いています。


※本作には、男性同士の恋愛要素が主軸として描かれます。

苦手な方はあらかじめご注意ください。


 この世界は、壊れぬように組まれている。


 理は均され、

 秩序は重なり、

 神々は沈黙した。


 世界は、ただ続く。

 誰かを救うためではなく、

 意味を与えるためでもなく。


 それでも世界は、

 均衡を引き受ける“器”を必要とした。


 選ばれた血があり、

 選ばれなかった命があり、

 そのあいだに、

 名を持たぬ役割が生まれた。


 それを、人は「王」と呼ぶ。


 それは支配者ではない。

 祝福でもない。

 ただ、世界が歪まぬために

 そこに置かれる存在だ。


 この物語は、

 その役割から、ほんの一歩、

 立つ場所をずらした者たちの記録である。


 ◇


 王都オルドンのほど近く、

 湖のほとりに、古い城がある。


 世界の理から、わずかに外れた場所。

 神々の沈黙が、届かぬ距離。


 城は変わらない。

 湖も、森も、静けさも。


 ◇


 石造りの古城、観光名所として知られたグレイブハル城。


 その玄関ホール手前に増設された受付室で、小窓からアウレリウスは空を眺めていた。小窓の下に置かれた書き物机には、羽根ペンやインク壺、羊皮紙が整然と並んでいる。

 腰まである淡い金の髪は、ゆったりと編まれ、簡素な黒の革紐で束ねられていた。


 その髪が、わずかに揺れる。


 振り返ると、受付室のソファに腰掛けて本を読んでいた黒髪の少年――セティも、顔を上げた。緑がかった灰の瞳が、アウレリウスの青い瞳をとらえる。


 アウレリウスが、ふわりと笑う。

 それにつられるように、セティの口角も、わずかに上がった。


 昼の柔らかな光が、部屋の静寂ごと、やんわりと包み込んでいる。


 やがて、遠くから馬車の音が聞こえ、次第に近づいてきた。


「あ、お客さん来たね」


 のんびりと言うと、馬車は内門をくぐり、馬車置き場へと姿を消す。

 ほどなくして、小窓の前に見学者が立った。


「こんにちは。見学かな?

 一人六銀だよ」


 小窓を覗いた見学者は、思わず目を見開く。


 金髪の青年、アウレリウスはホムンクルスだ。見た目からは分からないが、彼は『人類が到達し得る限界の、最高の美を持つ存在』として設計された。

 つまり――とにかく、美しい。


「追加料金で案内もできるよ。

 十銀だけど、どうしようか?」


 見学者が見学料と案内料を合わせて支払うと、アウレリウスはそれを丁寧に受け取り、金庫へと収めた。


「じゃあ、先に玄関ホールへ入っていて。

 すぐ迎えに行くから」


 見学者が小窓の向こうへ去っていく。


 アウレリウスは椅子から立ち上がり、ソファに座るセティの前へ歩み寄った。

 そして、彼に向かって手を差し出す。


 黒髪の少年は、見た目には十五歳ほど。

 少年と青年のあわいにあるその存在もまた、アウレリウスが造ったホムンクルスだった。

 整った容姿に、大きく垂れがちな瞳。

 どこか甘さを帯びた相貌。


 セティは立ち上がらず、そのまま差し出された手を取り、静かに手のひらへ口づけた。


「くすぐったいよ」


 アウレリウスが小さく笑い、指先で、セティの頬にそっと触れる。

 くすぐるように、確かめるように。


 柔らかな笑みを残したまま、アウレリウスは受付室を出ていった。


 その背を、セティは静かに見送る。


 彼らの日常は、まだ、さほど変わっていない。


 造られた存在であり、不老不死という性質を持つ彼らは、そんな大きな秘密を抱えながら――

 今日も、静かにこの城で暮らしている。



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