表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第九章『境界を越える側』
144/160

拾遺9-4 『境界を越える側』最終話


 王都オルドンからほど近い、湖のほとりに建つ――グレイブハル城。


 風光明媚なこの城は、歴史ある観光名所として知られていた。


 美しく、

 静かで、

 それでいて、どこか不思議な場所として。


 ◇


 舗装された石畳を、馬車の車輪が打つ。

 開け放たれた外門を抜け、丘を登ると、灰色の石造りのグレイヴハル城が、まるで唐突に現れたかのように視界に入った。


 空気が、急に澄んだ気がする。

 思わず胸いっぱいに吸い込んだ。


 そのまま少し進むと内門が見え、その内側にある馬車置き場に馬車を停める。

 玄関扉に向かって歩き出した。


 水の匂いと、花の匂い。

 どこからともなく漂ってくるそれが、白い石畳に反射する淡い陽の光と混ざり合い、まるで城の奥へ導かれているようだった。


 開け放たれた大きな玄関扉の手前に、「受付」と書かれたプレートのついた小窓がある。

 シアターの窓口のようなその小窓を覗いた瞬間、思わず一歩引いてしまった。


「こんにちは。見学かな?」


 淡い金髪の青年が、そこにいた。

 襟足にかかる髪はわずかに癖があり、それがかえってアンニュイな雰囲気を際立たせている。

 何より、その整いすぎた顔立ち。滅多に見ないほどの美青年だった。


 見学料と案内料を支払うと、彼は自然に手を添えてくる。

 その指先の美しさに、言葉を失っていると――


「アウル、またベタベタ触りすぎです」


 彼の背後から、苦笑混じりの声がした。

 見ると、そこにもまた一人、別の美青年がいた。

 黒髪に、垂れがちな灰の瞳。ベビーフェイスの甘い顔立ち。


「え? あぁ、ごめん。驚いた?」


 首を振ると、アウルと呼ばれた青年はほっとしたように笑った。


「玄関ホールに先に入っていて。

 すぐ迎えに行くから」


 ホールのステンドグラスを眺めていると、ほどなく二人がやってくる。

 並ぶと、黒髪の青年の方が、わずかに背が高いようだった。


 アウルが、自然な動作で手を差し出す。


「アウル」

「何? セティ」

「見学者さんが困ってます」


 アウルはきょとんとこちらを見た。


「手を繋ぐの、嫌?」


 緊張するからと断ると、「そっか」と彼は軽く笑った。


「僕も、ついて行っていいですか?」


 セティがそう言うので了承すると、彼はほんの少しだけ口角を上げた。

 華やかで人懐こいアウルに対して、セティは感情の起伏が控えめだ。

 甘い顔立ちにこの落ち着き。――きっと、相当モテるだろう。


 二人に挟まれるようにして、城内を歩く。


 石床は、まるで絨毯の上のように足音を吸い、驚くほど静かだ。

 調度品はすべて剥き出しなのに、「触れてはいけない」と直感的に分かる。


 巨大なステンドグラスと大階段。

 大ホール、正餐室、ライブラリー。

 回廊の先には、かつての大貴族の生活空間――夫人の部屋や主人の部屋が並んでいた。

 順路ではない場所についても、使用人棟、音楽室、スモーキングルーム、撞球室があるのだと、二人は穏やかに教えてくれる。


 一通り見学を終え、玄関ホールに戻る。


 記念に写真を撮ってもいいか尋ねると、二人は一瞬、顔を見合わせた。


「撮ってもいいんだけど……

 うまく撮れないかもしれないよ」


 不思議なことを言うアウルに首を傾げつつ、シャッターを切った。


 帰ったら、友人に見せよう。

 きっと自慢になる。


 礼を言い、城を後にする。


 グレイヴハル城――

 噂以上に、素敵な場所だった。


 ◇


 二人は並んで、見学者の背を見送った。


「……写真は、撮れたかな」

「さぁ、どうでしょう」


 アウレリウスが首を傾げると、セティはそれを、愛おしそうに見つめる。

 アウレリウスは髪を切り、

 セティは背が伸びた。

 声も、少し低くなったかもしれない。


「もう夕刻だね。内門を閉めてくる」

「ちょっと待ってください」


 背後から、セティがアウレリウスをぎゅっと抱きしめた。


「あはは。ほんの少し離れるだけだよ」

「抱きしめたかったから、抱きしめただけです」

「なにそれ。まったくもう。

 あぁ、首にキスするのはやめて」

「どうして?」

「くすぐったいから」


 二人の笑い声が、静かな夕空に溶けていく。

 柔らかな風が、同時に二人の髪を揺らした。


 果てを知らない空。

 甘い湖の香り。

 花の香りが咲き乱れる庭園。


 城の向こうには、

 深く波打つ森。

 雪を纏う峰々。

 人の住まう、遠くの街並み。


 世界は、今日も美しかった。


 それはまるで、

 彼らを世界が祝福しているかのようだった。


 ◇


 湖畔に建つ、グレイヴハル城。


 静かで、美しく、

 どこか不思議なこの城は、

 月と、輪を持つ星の影に佇んでいる。


 創造神オルドが世界を組み、

 太陽神ソラエがそれを見つめる、

 その只中で。


 アウレリウスとセティは、

 この城で、今日も静かに暮らしている。


 この二人が、神に祝福されたのかどうか――

 それを知る者は、誰もいない。


 それでも、

 ――世界は、続いていく。


 この美しい城は、

 今も世界のどこかに、

 あるかもしれない。




ここまで『拾遺』をお読みいただき、ありがとうございました。


寿命を持たない二人の物語は、

この『拾遺』をもって、ひとまず完結となります。


ただし――

この世界には、まだ語られていない部分があります。


次の最終部『変節』では、

正編・拾遺では触れられなかった、

アウレリウスたち自身も知らなかった「選ばれた血」について描きます。


時間軸としては、

拾遺・第九章三話と最終話のあいだに起きた出来事です。


もし、

彼らが境界を越えたその先を

もう少しだけ見届けてくださるなら、

次の部にもお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ