拾遺9-3 境界を溶かす甘さ
「おはよう、セティ」
「おはようございます、アウル」
朝、アウルが起きてきたら、僕から抱きしめる。
アウルみたいな、触れるだけの優しい抱擁じゃない。めいっぱい、強く。
離れ際、彼の手を取って、その手のひらにキスを落とした。
青いアーモンドアイが、きょとんと僕を見る。
――そう、僕を見て。
僕がどれだけ君を大好きか、ちゃんと気づいて。
着替えと朝食を終えて、アウルの髪を整える。
長い金の髪に櫛を通すたび、彼の香りがくすぐる。
少し編み、細い革紐で結ぶ。
――解けませんように。
――僕以外が、この髪に触れませんように。
ほんの少しだけ、執着の呪いをかける。
腰を屈め、後ろから首筋に短くキスを落とした。
アウルが驚いて振り返る。
僕は笑った。
――僕の“好き”はね、家族愛でも庇護でもない。
ちゃんと、こういう“好き”なんだよ。
夕刻。
内門を閉めて戻ってきたアウルを、燭台を地面に置いて迎える。
きっちり整えられたクラヴァット、隙のない装い。
王都のどんな紳士よりも、繊細で美しい。君の憧れのエドガーさんよりも。
手を伸ばし、首からクラヴァットを抜き取る。
ついでに、襟のボタンをひとつ外す。
驚いた顔。
――君の完璧な服装を乱せるのは、僕だけだよ。
忘れないでね、アウル。
少しずつ、君の境界を壊していく。
君が僕に恋をしてくれますように。
その気持ちに、気づいてくれますように。
たくさん、たくさん甘やかしてあげる。
夜。
ソファに並んで座る。
アウルは前みたいに寄りかかってこない。
それならそれでいい。
僕からぴたりと寄り、肩に頭を預けた。
「ふふ」
アウルが笑う。
かわいい。好き過ぎる。
甘えられると嬉しいでしょう?
僕もそうだから、わかるよ。
テーブルの上に置かれた皿を手に取る。
王都で買ってきた生チョコレートを一粒、アウルの口へ。
前、僕の唇に触れたのは、僕の気持ちを測ってたのかな。
あの時、どれだけドキドキしたか、わかる?
君はずるい。
でも、隠してた僕も悪かったのかもしれない。
そのまま、アウルの唇に触れた。
アウルが僕の手首をつかむ。
「セティ」
「……はい」
皿から一粒取り、今度は僕の口へ押し込んだ。
そして微笑む。
「甘くて美味しいね」
「……はい」
僕の指についたチョコレートを、アウルが舐める。
それから自分の指も。
――この人には勝てる気がしない。
きっと無自覚なんだろうな。
「セティ」
「はい」
いつもの確認。
「セティ、愛してるよ」
「僕も、愛しています」
僕の方が、きっと深いけど。
「セティ、君は美しい」
「アウルも綺麗です」
アウルの方が、断然綺麗だよ。
「セティ、君の尊厳は守られるべきだ」
「アウルも……」
ちゃんと嫌なことは嫌って言うんだよ。
両手でアウルの頬を包む。
またきょとんと見てる。
――思い知るがいい。
――僕が、どれだけ君を愛しているか。
顔を寄せ、唇に口づけを落とした。
甘い、チョコレートの味がした。




