拾遺9-2 不器用な愛を知っている
翌朝。
天気が良かった。
着替えを済ませて窓辺に立つと、空には余計なものが何もなかった。
まっさらな空。
目を閉じて、胸いっぱいに空気を吸い込む。
甘い湖の匂い。
遠くから、鐘楼の音が聞こえた。
ふと、衣擦れの音。
――アウルが起きたんだ。
振り返ると、伸びをしながら、ゆっくりとベッドを降りるアウルの姿があった。
目が合うと、彼は柔らかく微笑む。
胸が、ぎゅっと締めつけられる。
今日も、アウルは綺麗だな。
アウルが、こちらへ歩いてきた。
「おはよう、セティ」
「おはようございます、アウル」
腕を伸ばして、今度は僕から、アウルを抱きしめた。
彼が一瞬、息を呑むのが伝わる。
どうせ、僕が恋をしていることは、もうばれている。
隠し続ける理由は、ないんだと気づいた。
身長差はそれほどないけれど、背伸びをしても、アウルの額にはギリギリ届かない。
――なら、頬でいいか。
頬に、短くキスをする。
アウルが驚いたように、わずかに身を引いた。
「セティ?」
「……先に降りて、朝食の準備をしてきます」
「え……、うん」
そのまま、部屋を出た。
さすがに、着替えを平常心で見ていられる自信はない。
……アウル、呆然としてた。
この間は唇にキスもしたのに、頬へのキスであれだけ驚くのは、少し変じゃない?
まぁ、アウルだし。
昼間。
緑の庭園でお茶をしないかと誘うと、アウルは素直についてきた。
先にベンチに座って、彼を待つ。
ライラックの木を見上げているアウル。
枝の隙間から零れた光が頬に落ち、青い瞳が宝石みたいに澄んでいる。
何をしていても、綺麗な人だ。
世界が彼を祝福しているとしか思えない。
アウルが近づき、目が合う。
彼はにこりと笑った。
カップをテーブルに置き、静かに腰を下ろす。
――アウルなら、いつもどうするだろう。
膝の上にあった彼の手を取る。
指を絡めた。
彼の視線が指先に落ち、それから僕を見る。
微笑んでいるけれど、どこか戸惑っている。
――アウルは、ずっと“死の研究”をしていた。
それは、僕たちが一緒にいるために、時間も労力も削って続けてきた研究だ。
想像を絶する時間を、彼はそこに注いできた。
……それって、もう“愛”じゃないの?
アウルは、まるで僕の片思いみたいに思っているのかもしれない。
でも、僕たちは――両思いなんじゃないかな。
だって、アウルが一番苦しんでいる理由は、“老化が得られなかったこと”じゃない。
僕の気持ちを利用してしまった、ということ。
その一点だけだ。
老化だって、僕と幸せに過ごすための手段なんでしょう?
――なんだ。
――そっか。
本当に、不器用だな。この人は。
アウルがカップを持ち、紅茶を飲む。
その一つひとつの仕草が、洗練されていて、美しい。
ヴァレイン侯爵の教育のおかげ、なのかな。
……今、すごくキスがしたい。
アウルがこちらを向いて、柔らかく笑った。
きっとこの人は、僕の気持ちに、本質的にはまだ気づいていない。
錬金術も、学問も、あれだけ理解して使いこなすのに。
感情のことになると、少し鈍感だ。
アウル。
僕は、君が好きだよ。
その綺麗な見た目も、仕草も。
賢いところも、鈍感なところも、天然なところも。
君のすべてを。
僕は、君を――愛してる。




