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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第八章『終わりの方法』
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拾遺8-4 越えてはいけない線


 その日、なんとなく僕は私室の窓から外を眺めていた。


 青空に浮かんだ雲の縁だけが光っている。

 風に押され、雲はほどけて、青へと溶けていく。

 甘い湖水の匂いが、ゆるく流れ込んでくる。


 肘を置いていた窓枠に、小鳥がとまった。

 手のひらを、そっと差し出す。


「……おいで」


 鳥は警戒心が強い。なかなか触れさせてはくれない。

 小さく跳ねて、手に近づき、首を傾げる。


「……もう少し。ほら、怖くないよ」


 そのとき、扉の開く音がした。

 鳥はぱっと羽ばたいて、逃げていった。


 振り返ると、セティが立っている。


「……珍しいですね。昼間にここにいるのは」

「……セティは、本を取りに来たの?」

「はい」


 僕は窓辺を離れ、ベッドの縁に腰掛けた。


 セティは本棚から一冊抜き取り、こちらへ歩いてくる。

 隣をぽんぽんと叩くと、素直に座った。


「お昼寝ですか?」

「……セティも一緒に寝る?」

「僕は本を読みます」

「……そっか」


 ――踏み込んでみる?

 許されるかな。

 いや、許されないのは、もう、よくわかってる。


 僕は立ち上がり、セティの肩に手を置いた。

 そのまま押し倒すようにして、彼の体に跨る。


「……アウル?」


 下から見上げる瞳。


 両手首を掴み、ベッドに縫い止める。

 顔を寄せる。


 吐息が触れ合う距離。


「……アウル、何?」


 脈。

 潤んだ瞳。

 浅くなった呼吸。


 そして、全身に視線を滑らせる。


 僕の目の動きを追ったセティの顔が、赤くなる。


「セティ……」

「あっ、こ、これは違っ……」


 僕は笑った。

 できるだけ、いつもみたいに。

 穏やかに。


「冗談だよ」


 体を起こし、手首を離す。

 跨っていた足をどかして、隣に座り直した。


「子供みたいにじゃれてみたかっただけ。

 驚かせちゃった?」

「……アウル」


 セティはすぐにベッドから離れ、ソファへ向かった。

 僕の視線から体を隠すように。


 ――あれを追いかけるのは、残酷かな。

 でも、髪が乱れてしまっている。


 セティを追って、ソファに座った彼の背後に立ち、そっと髪に触れた。


「ごめん。ほどけちゃった。結び直すね」

「……はい」


 ――僕を怖いと思った?

 それとも、

 僕を、もっと欲しいと思った?


 深い緑のリボンを、ぎゅっと結び直す。


「僕も書斎で本でも読もうかな」

「……はい」


 両肩を軽く叩き、部屋を出た。




 隣の書斎へ。

 後ろ手に扉を閉める。


 足が震える。

 立っていられず、その場にしゃがみこんだ。


 ――もう、だめだ。これ以上ごまかせない。


 彼は、僕が好きだ。

 兄弟愛でも、庇護でもない。


 僕と、身を結びたいと思っている。


 だったら、

 『条件は揃った』はずだ。

 もう迷わなくていいはずなんだ。


 なのに、どうして僕は今、泣いているんだろう。


 青い絨毯に落ちた涙が、じわりと色を濃くする。


 落ちた涙は、もう二度と、元には戻らないのに。



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