拾遺8-2 期待値の検証
生チョコレートを一粒つまみ、セティの口に運ぶ。
そのとき、あえて唇に触れた。
握っていた手首の脈が、跳ねる。
グリーンガーデン。
葉擦れの音がかすかに鳴る。
空は高く、青が澄んでいた。
ベンチに並んで座り、王都で買ってきた生チョコレートを、僕はセティの手首を握ったまま、彼の口へ入れる。
口もまた、人体の弱点だ。
とりわけ唇は感覚が鋭い。
他者に触れられれば、反応が出やすい部位でもある。
セティの脈は一瞬、百を超えた。
彼は、緊張している。
「甘い?」
「……はい」
指先を見ると、チョコレートが少し残っている。
それを、舐め取った。
「……甘いね」
セティは驚いたようにこちらを見ている。
脈はまだ高いままだ。
「……何?」
「……いえ、なんでも」
「もう一個、食べる?」
答えを待たず、もう一粒つまみ、再び彼の口へ運ぶ。
まだこれはイレギュラーだ。
いつもと違う行動に戸惑っているだけかもしれない。
セティが雛鳥のように僕を慕っているだけなら、繰り返すほどに慣れていくだろう。
――だけど、もしそれ以上の感情があるなら。
繰り返すほどに、期待値は上がっていくはずだ。
もっと触れてほしい。
もっと先へ踏み込みたい。
そんな欲求が、心拍を押し上げるのではないか。
やがてセティの脈は落ち着いていく。
いつもの八十ほどまで。
大丈夫。きっと慣れていく。
セティが生まれた日から、僕たちはずっと……
ずっと一緒にいたんだから。
ある夜、ローテーブルの上にはバニラファッジがあった。
セティはよくそれを買ってくる。
本人は「よく売っているので」と言っていた。
初めは、好きなのにそう言えない理由があるのかと疑った。
けれど、もしかしたら――
――僕に食べさせてもらえるのが、嬉しいのでは。
そう考えるようになった。
……いや、それはさすがに自惚れすぎかもしれない。
本を読んでいるセティの隣に座る。
彼の手首を掴み、バニラファッジを一粒つまむ。
口に押し込む。
指先が歯に触れる。
セティの肩がわずかに震え、脈拍も跳ね上がった。
指を引く。
「美味しい?」
「……はい」
素直に食べるセティ。
自分も一粒口に入れる。
――甘い。
二人では食べきれないほどの量。
日持ちもする。
しばらく同じ条件で続けられるだろう。
ため息が出そうになって、飲み込む。
こんなことをして、何になる。
セティの心を測るような真似をして、どうする。
最低だ。
醜い。
穢らわしい。
――でも、二人でいるために。
――二人が壊れないために、絶対に必要なんだ。
このまま、何も気づかないふりができたなら。
――どれほど良かっただろう。




