拾遺7-7 『終わりを選べない日々』最終話
澄み切った青が、どこまでも続いていた。
僕はカップを手に、空を仰ぐ。
先に庭園のベンチに腰掛けていたセティは、先日王都で買ってきた生チョコレートを皿に並べ、テーブルに置いていた。
最近流行っていると聞いて、初めて手に取った品だ。
僕はセティの隣に座り、皿から一粒つまみ上げる。
「香りからして、甘そうだね」
「……そうですね」
そのまま、セティの口に押し込んだ。
ほんの一瞬、指先が唇に触れる。
「甘い?」
「……はい」
指先を見ると、チョコレートが少し残っている。
それを、舐め取った。
「……甘いね」
セティは、愕然としたようにこちらを見ている。
「……何?」
「……いえ、なんでも」
「もう一個、食べる?」
答えを待たずに、もう一粒つまみ、再びセティの口に運ぶ。
「セティは、チョコレートが好きなのかな?」
「……僕は、アウルが好きです」
思わず、声を立てて笑ってしまった。
今度は自分で一粒、口に入れる。
「僕と一緒に食べるチョコレートが好き、ってこと?」
「……はい」
「バニラファッジも、そうなのかな」
「……え?」
指についた甘さを舐め取り、紅茶をひと口飲む。
「前に聞いたら、“よく売っているから”って言ってたよね。
でも、セティはよく買ってくる。だから、やっぱり好きなんじゃないかなって、思ってた」
セティは視線を落とし、黙ってカップを傾けている。
「好きなものは、好きって言ってくれたら嬉しいな。
僕も、セティが何を好きなのか、知りたいから」
セティが、ゆっくりと視線を上げた。
「……好きなものなんて、いくつもありません。
僕が好きなのは、アウルだけです」
――それは、どういう“好き”なんだろう。
「……そっか」
“でもあなた、自分でその方法に気づいているでしょう?”
以前、モルガナが言っていた言葉が、胸の奥で静かに反響する。
きっと、僕が辿り着いた“老化を得る方法”のことだ。
いくつ実験を重ねても、そこから先へは進めなかった。
セティに手を差し出すと、彼は迷いなく自分の手を重ねた。
その手を、両手で包み込む。
――もう、あんな思いはたくさんだ。
――あの絶望を、セティには味わわせたくない。
二人で並び、紅茶を飲む。
この静かで穏やかな時間を、壊してしまいたくない。
二人きりの茶会を終え、回廊を並んで歩いた。
窓から差し込む光が、石床に四角く落ちている。
――いつまでも、怯えていても仕方がない。
――踏み出すべきなんじゃないだろうか。
腕を伸ばし、隣を歩くセティを抱き寄せた。
彼は、ほんの少しだけ驚いた顔をする。
――かわいい、僕のセティ。
「ごめん。
ちょっと、先に戻っていて」
「……はい」
一人、実験室へ向かう。
ケージの中のネズミを眺め、世話をし、記録を取る。
最後に、手を洗う。
ブーツが床を蹴る、わずかな音。
扉が閉まる。
そして、鍵がかかる音。
◇
湖畔に建つ、グレイヴハル城。
静かで、美しく、
どこか不思議なこの城は、
月と、輪を持つ星の影に佇んでいる。
創造神オルドが世界を組み、
太陽神ソラエがそれを見つめる、
その只中で。
息を潜め、
語られぬ秘密を抱いたまま。
ホムンクルスである二人は、
この城で、今日も静かに暮らしている。
誰に知られずとも、
それでも――世界は、続いていく。




