拾遺7-5 終わりをつくるために
その日も、グレイブハル城の周囲はよく晴れていた。
御者席に並んで腰掛け、馬車は王都近くの森へと差し掛かる。
葉の隙間から落ちる光が、地面を細やかに縫っていく。
隣を見ると、セティは楽しげに樹々を見上げていた。
頬に落ちる木漏れ日と、まつげの影。
その横顔に、思わずアウレリウスの口元も緩む。
森を抜けると、整った石畳の感触が馬蹄に伝わってきた。
霧が街を包み、景色は少しずつ都市の層へと変わっていく。
中央区で馬車を預け、二人は王立自然公園へ向かって歩き出した。
噴水池の周囲では、並んだガス灯のガラスに霧がまとわりつき、陽の光を柔らかく返している。
子どもたちの笑い声。
花の香り。
湿り気を含んだ風が、二人の髪を揺らした。
走っていた子どもの一人が、アウレリウスにぶつかる。
手にしていた木の枝が石畳に滑り落ちた。
拾い上げ、屈んで目線を合わせる。
「気をつけてね。ほら、宝物」
少年はきょとんと彼を見つめ、小さく頷くと枝を受け取り、また走っていった。
「……子どもは、棒が好きだよね」
「……そうかもしれません」
立ち上がりながら笑うと、セティもほんの少しだけ口角を上げた。
「ねぇ、ホットドリンクを飲まない? カフェに入ってもいい」
「さっき、屋台が出ていました」
「じゃあ、そこでいっか」
「はい」
霧に遮られた陽光はやわらかく拡散し、影を作らない。
石畳を打つブーツの音が、二人分、静かに響く。
屋台が見えてくる。
「僕は紅茶にする。セティは?」
「……ココアにします」
「分かった。待ってて」
ベンチにセティを残し、ドリンクを買いに行く。
振り返ると、セティは女の子たちに話しかけられていた。淡々と、身振りを交えて応じている。
マグを受け取って戻る途中、彼女たちとすれ違った。
「どうしてあんな質問を?」
「そんなの、分かりきってるでしょ?」
「確かに、素敵な方だったけど……」
視線が合う。
微笑んで返すと、彼女たちは頬を赤らめて去っていった。
ベンチに戻り、ブリキのマグを手渡す。
「話しかけられてたね」
「あの屋台は何ですか、って。見れば分かるのに」
不思議そうな顔に、思わず声を立てて笑う。
「セティと話したかったんでしょ?」
眉をひそめる仕草が可笑しくて、胸が少し温かくなる。
――いつまで、こうして穏やかに過ごせるだろう。
差し出されたマグと交換し、一口飲む。
――セティは老いることに、あまり興味がないように見える。
でも、長く生きるというのは、精神をすり減らす。
今は互いが支えになっているけれど、いつか、二人して壊れてしまうかもしれない。
自分のマグを手に戻す。
――一緒にいるのは、楽しい。
だからこそ、壊れないために、“老化”と“死”が必要なんだ。
――終わりがあるのは、悲しい。
でも、終わりがないのは、もはや絶望だ。
「ココア、甘いです」
「そうだね」
飲み終えたマグを受け取り、屋台へ返す。
その後も、二人で並んで歩いた。
ブラクストン街に入ると、人通りが少なくなる。
そっと手を取る。
拒まれないことを確かめて、指を絡めた。
セティは一瞬こちらを見たが、何も言わなかった。
――セティ。
君の気持ちは、まだ分からない。
それでも、その可能性を疑いながら君に触れている僕は――
――やっぱり、ひどいやつなんだろうか。




