拾遺7-4 優しさの行き先
閉城日。
受付室と厩の掃除をした後、アウレリウスは実験室にこもった。
部屋には、消毒液と血液の匂いが漂う。
通気孔しかない部屋は、昼間でもうっそりと暗く、錬金術の炎だけがゆらりと揺れていた。
ネズミ同士の臓器の移植を、外科的手法で施す。淡々とこなし、一匹ずつケージに戻していった。
片付けをして手袋を外し、一度記録をまとめる。
次に、繁殖実験をしている個体の観察。新しい手袋をはめ直し、一匹ずつ確認しながら、こちらも記録を取っていく。
一通り終えると、今度はケージの掃除をして、水と干し草を替えた。
手を洗って、部屋を出る。
回廊を歩いていると、足音。
振り返る。
セティが駆け寄ってくるところだった。
「……アウル」
「どうしたの?」
窓から差し込む柔らかい光が、セティの黒髪を白っぽく揺らしている。
「今日は天気がいいので……」
「うん」
「外でお茶でもしませんか?」
「いいよ」
手を差し出すと、セティがその手を重ねる。指を絡めて歩き出した。
緑の庭園まで、ぽつぽつと話をしながら歩く。
たいてい他愛もない話。
“さっき見た雲の形が兎みたいだった”
とか、
“次王都に行ったらどこを散歩しようか”
とか、そんな話。
台所に寄ってお茶を淹れて、一人ひとつカップだけを持つ。また並んで歩いて、グリーンガーデンのベンチに座った。
以前運んだテーブルは、そのまま出しっぱなしだ。
あったらあったで便利なので、このままにしている。
季節が変わっても、グリーンガーデンの景色は変わらない。
冬には時々雪が覆うこともあるが、草木はいつも同じ。
そういえば、以前はほとんどここへは来なかったのに、最近はセティがよくここでお茶を飲もうと誘ってくる。
「セティは、植物が好き?」
「……はい」
「お花も?」
セティがきょとんと視線を上げる。
「……自然公園の花は好きです」
「……僕も好きだよ」
――あぁ、そうか。
――僕が、切り花が苦手だから、気を使ってるのか。
アウレリウスが柔らかく笑うと、セティも少しだけ口角を上げた。
――好きなものも、“好き”と言わせてあげられないなんて。
――僕は、どれほど君の人生を歪めてしまっているんだろう。
夕刻。
アウレリウスはまた実験室に戻った。
いくつかのケージを作業台に並べ、昼間手術した個体の腹部を観察する。
一匹、一匹を片手で固定し、もう片方の手で腹の傷をなぞった。
「塞がってない個体がいる……」
ケージ横に記した番号を確認し、ノートの文字をなぞる。
「でも、やっぱり数は少ないな」
ネズミをケージに戻し、椅子に座って改めてノートを眺めた。
小さく息を吐き、簡単に片付けをして、部屋を出る。
階段を上り、台所へ向かうと、すでにセティが夕食作りを始めていた。
「あぁ、ごめん。遅くなっちゃったかな」
「大丈夫です」
鍋をかき回しているセティの後ろに立ち、腕を回してそっと抱きしめる。
柔らかな髪に頬を預けた。
――温かい。
夜。
ソファにいつものように並んで座る。
「明日は、王都に行こうか」
「はい」
「買っておくもの、あるかな」
「野菜と小麦粉が欲しいです」
「そうだね」
蝋燭の火がゆらりと揺れる。
アウレリウスはセティに向き合うようにして座り、その手首を取った。
「セティ」
「はい」
「大好きだよ」
「僕も、アウルが好きです」
アウレリウスは小さく微笑む。
「君は美しい」
「アウルも……です」
「君の嫌がることはさせてはいけない」
「アウルも……」
セティの腕を引いて抱き寄せる。
「寝よっか」
「……はい」
腕を解いて見つめた緑がかった灰の瞳は、今日も澄んでいた。




