拾遺6-6 『名を持たない感情』最終話
セティは、王都へ行った日は、たいてい湯浴みをする。
湯を張るのは手間がかかるから、僕も、その日は風呂に浸かる。
湯を出て、髪を布で包み、水気を取る。
簡単に髪を縛り、体を拭いて夜着を羽織ると、部屋を出た。
私室の扉の前で、ふと立ち止まり、自分の夜着を見下ろす。
手に持っていた燭台を廊下に置き、ボタンを留め直した。
エドマンドがいた頃は、使用人か、エドマンドが着せてくれていた。
一人になってからは、面倒になって、ずいぶん適当になっていた気がする。
貴族は裸で寝る人も多いらしいし、あまり気にしてこなかった。
(いきなり全部留めるのは……それはそれで、変かな)
燭台を持ち上げかけて、また床に戻す。
あえて、いくつかボタンを開けた。
(うん。胸も脚も出すぎず……これくらいが、いい)
燭台を手に取って、ため息をつく。
(僕は一体、何をやっているんだ……)
扉を開ける。
セティはソファに座り、今日は新聞を読んでいた。
ローテーブルには、燭台と、薄い紅茶、それからバニラファッジの皿。
「今日も、バニラファッジを買ってきたんだね」
セティが振り返る。
「……はい」
大きな、少し垂れがちな瞳。
以前、二人で王都へ行ったとき、わざとハンカチを落として、セティに声をかけてきた娘がいた。
昼間の感情がぶり返しそうになって、僕は視線を逸らし、奥歯を噛みしめた。
セティの背後に立ち、彼の髪を布で包む。
――どうして、黒髪にしたんだっけ。
そのあたりは、深く考えていなかった気がする。
あの頃は、孤独が苦しくて、必死だったから。
――自分とは違うと、ひと目でわかる存在にしたかったのかもしれない。
――じゃあ、どうして、女性体にしなかったんだろう。
「アウル、代わります」
「あ……うん」
僕がソファに座り、セティが髪を乾かし始める。
ずっと、気づいていなかったけれど――
いや。
気づいていないふりを、していただけだ。
セティの瞳の色は、
――エドマンドと、同じだった。
僕とは違う、黒い髪。
僕を脅かさない、僕より若い身体。
僕に共感してくれそうな、同性。
そして、僕を守り、愛してくれたエドマンドの影。
――本当に、僕は愚かだ。
セティが濡れた布を机に置き、隣に戻ってくる。
僕はバニラファッジを一粒つまみ、セティの口に入れた。
彼の手首をそっと取って、指を絡める。
相変わらず、嬉しそうに食べる。
「美味しい?」
「はい」
「……はは。本当に、かわいい」
セティの眉が、わずかに寄る。
――そんな顔も、仕草も、かわいい。
セティ。
君は、僕が造った。
僕が守るべき、僕の大切な存在。
親子でも、兄弟でもないけれど。
それでも、とても大切で、とても愛しい存在。
君も、そうだよね。
君も、僕と同じ気持ちなんだよね。
僕に、心を傾けたりなんか……
していないよね?
◇
湖畔に建つ、グレイヴハル城。
静かで、美しく、
どこか不思議なこの城は、
月と、輪を持つ星の影に佇んでいる。
創造神オルドが世界を組み、
太陽神ソラエがそれを見つめる、
その只中で。
息を潜め、
語られぬ秘密を抱いたまま。
ホムンクルスである二人は、
この城で、今日も静かに暮らしている。
誰に知られずとも、
それでも――世界は、続いていく。




