拾遺6-5 与えてしまったもの
その日、朝からセティは王都へ出かけていった。
錬金術のための試料は、今は不足はない。
だけど、書斎を飛び出した。
閉城日のいつもの服装。
細身のパンツに、ゆったりした白いリネンのシャツ。それに紺のカーディガンを羽織っただけの服で、厩舎へ向かう。
石畳を踏む足音が、やけに大きく響いた。
馬が顔を上げる。
その黒い瞳に映る自分の顔は、ひどく白かった。
「……行こう」
声は掠れていた。
鞍を置き、鐙に足を掛ける。
馬が身じろぎする。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。
門を抜けると同時に、手綱を緩めた。
走れ。
言葉にしなくても、馬は理解したようだった。
地面を蹴る衝撃が、身体に直接伝わる。
風が顔を打ち、息が乱れる。
思考が、振り落とされていく。
速く。
もっと。
道など、どうでもよかった。
枝が頬を掠め、葉が肩に当たる。
森へ入ると、光は細切れになり、音が遠のく。
土の匂い。
湿った苔。
踏みしめるたびに跳ねる小石。
馬は好き勝手に進み、曲がり、跳ねる。
それでよかった。
自分で進路を選ばなくていい。
――考えなくていい。
肺が痛む。
喉が焼ける。
それでも、止まらなかった。
やがて、木々が途切れる。
視界が、ひらけた。
湖だ。
馬が自然と速度を落とす。
水面が、灰色の空を映している。
静かで、冷たくて、遠い。
その向こうに、城があった。
グレイブハル城。
湖畔に立つその姿は、
いつもと同じなのに、
ひどく、ひどく、遠かった。
手綱を引き、馬を止める。
降りると、膝が笑った。
馬の首に額を預け、しばらく息を整える。
城を、見る。
胸の奥が、ぎゅっと潰れる。
――セティの感情は、
僕が造って、与えてしまったものなのかもしれない。
僕自身が、彼を造るときに、それを望んでいたのだろうか。
孤独を癒すために、“恋愛感情”まで、組み込んでしまった?
その気持ちは、彼のもの?
それとも、僕が与えてしまった歪み?
もし――
もし本当に、セティが僕に恋情を抱いていたとして。
僕は、彼の気持ちに応えるべき?
それとも、あえて無視すべき?
「……わからない」
セティは、とてもいい子だ。
誠実で、優しくて、賢い。
きっと、女の子にもてるような、そんな甘い顔立ちもしている。
体躯だって、人と比べれば、綺麗だ。
彼が、ホムンクルスでなかったなら――
街で暮らし、いい子だから、皆に愛されて。
優しい恋をして、
温かな女性と子を成し、家族を作る。
きっと、優しくて、いい父親になれる。
でも。
セティに、そんな未来は来ない。
彼は、僕が造ったホムンクルスだから。
造らなければ、よかった?
僕と、出会わない方が、よかった?
僕は、セティが好きだ。
そんなセティの人生を、歪めたのは――
他でもない、僕だ。
立っていられなくなった。
膝をつき、地面に手をつき、そのまま、崩れ落ちる。
涙が、頬を濡らしていく。
「セティ……
ごめん。
ごめんなさい……セティ」
握りしめた草が、指の間からほどける。
「僕は……どうすればいい……」
――でも、もしかして……。
――だったら……。
「だめ! だめだ!
――僕は、どうしようもなく、穢れている!」
声を上げて泣いた。
僕は、自分が、大嫌いだ。




