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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第六章『名を持たない感情』
125/160

拾遺6-5 与えてしまったもの


 その日、朝からセティは王都へ出かけていった。

 錬金術のための試料は、今は不足はない。

 

 だけど、書斎を飛び出した。


 閉城日のいつもの服装。

 細身のパンツに、ゆったりした白いリネンのシャツ。それに紺のカーディガンを羽織っただけの服で、厩舎へ向かう。


 石畳を踏む足音が、やけに大きく響いた。

 馬が顔を上げる。

 その黒い瞳に映る自分の顔は、ひどく白かった。


「……行こう」


 声は掠れていた。


 鞍を置き、鐙に足を掛ける。

 馬が身じろぎする。

 それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなった。


 門を抜けると同時に、手綱を緩めた。


 走れ。


 言葉にしなくても、馬は理解したようだった。

 地面を蹴る衝撃が、身体に直接伝わる。

 風が顔を打ち、息が乱れる。


 思考が、振り落とされていく。


 速く。 

 もっと。


 道など、どうでもよかった。

 枝が頬を掠め、葉が肩に当たる。

 森へ入ると、光は細切れになり、音が遠のく。


 土の匂い。

 湿った苔。

 踏みしめるたびに跳ねる小石。


 馬は好き勝手に進み、曲がり、跳ねる。


 それでよかった。

 自分で進路を選ばなくていい。


 ――考えなくていい。


 肺が痛む。

 喉が焼ける。

 それでも、止まらなかった。


 やがて、木々が途切れる。


 視界が、ひらけた。


 湖だ。


 馬が自然と速度を落とす。

 水面が、灰色の空を映している。

 静かで、冷たくて、遠い。

 その向こうに、城があった。


 グレイブハル城。


 湖畔に立つその姿は、

 いつもと同じなのに、

 ひどく、ひどく、遠かった。


 手綱を引き、馬を止める。

 降りると、膝が笑った。

 馬の首に額を預け、しばらく息を整える。


 城を、見る。

 

 胸の奥が、ぎゅっと潰れる。


 ――セティの感情は、

 僕が造って、与えてしまったものなのかもしれない。


 僕自身が、彼を造るときに、それを望んでいたのだろうか。


 孤独を癒すために、“恋愛感情”まで、組み込んでしまった?


 その気持ちは、彼のもの?

 それとも、僕が与えてしまった歪み?


 もし――

 もし本当に、セティが僕に恋情を抱いていたとして。


 僕は、彼の気持ちに応えるべき?

 それとも、あえて無視すべき?


「……わからない」


 セティは、とてもいい子だ。


 誠実で、優しくて、賢い。

 きっと、女の子にもてるような、そんな甘い顔立ちもしている。

 体躯だって、人と比べれば、綺麗だ。


 彼が、ホムンクルスでなかったなら――


 街で暮らし、いい子だから、皆に愛されて。

 優しい恋をして、

 温かな女性と子を成し、家族を作る。


 きっと、優しくて、いい父親になれる。


 でも。

 セティに、そんな未来は来ない。


 彼は、僕が造ったホムンクルスだから。


 造らなければ、よかった?

 僕と、出会わない方が、よかった?


 僕は、セティが好きだ。


 そんなセティの人生を、歪めたのは――

 他でもない、僕だ。


 立っていられなくなった。


 膝をつき、地面に手をつき、そのまま、崩れ落ちる。


 涙が、頬を濡らしていく。


「セティ……

 ごめん。

 ごめんなさい……セティ」


 握りしめた草が、指の間からほどける。


「僕は……どうすればいい……」


 ――でも、もしかして……。

 ――だったら……。


「だめ! だめだ!

 ――僕は、どうしようもなく、穢れている!」 


 声を上げて泣いた。


 僕は、自分が、大嫌いだ。



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