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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第六章『名を持たない感情』
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拾遺6-4 わからないという確信


 ◇◇◇


 私は剣として造られた。

 盾として在った。


 この身が砕けても、主が生きるなら、それでよかった。


 だから私は、彼の手を取らなかった。

 彼の名を、呼ばなかった。

 彼が微笑む理由に、私が含まれることを、拒んだ。


 ――守るとは、遠ざかることだと思っていたからだ。


 だが、ある夜。

 眠る彼の呼吸が乱れ、私は思わず、その胸に手を置いた。


 その瞬間、理解してしまった。


 守るために、触れないのではない。

 触れたいと知ってしまうことを、恐れていたのだと。


 私が彼を守っていたのではない。

 私は、彼を――欲していた。


 それに気づいた瞬間、

 この身が剣である意味は、崩れ去った。


 主は目を覚まし、私を見た。

 その瞳に、怯えはなかった。


 「……寒いのか?」


 違う。

 寒いのは、この感情だ。


 守るために在った存在が、

 守る対象を、失いたくないと願ってしまった――


 それを、人は“愛”と呼ぶのだろうか。


 ◇◇◇


 アウレリウスは眉をひそめた。


 セティが私室を離れたあと、繰り返し読まれた跡の残る本を、何冊か本棚から抜き取り、書斎に持ち込んだ。


 そして、読み進めてみる。


 《眠る守り手》。

 主人を守るためだけに生まれた存在が、「守る」と「愛する」の違いに苦しむ物語だ。


 ――“触れたいと知ってしまうことを、恐れていた”。


 《月下の誓約》、

 《あなたの隣の、ただの影》、

 《銀の鎖、見えない絆》。


 セティの蔵書は、どれも“役割”と“恋情”の間で揺れる話ばかりだった。


「……だめだ。僕には共感できない」


 自分の役割を放棄してまで、恋情を選ぶ?

 役割があるのに、どうして“恋情”を抱いてしまうのだろう。


 小さく、ため息をつく。


 この本を読んだからといって、セティの考えや気持ちが理解できるとは、最初から思っていない。


 戦をモチーフにしたチェスが好きだからといって、その人が好戦的だとは限らない。

 それと、同じことだ。


 セティがどんな本を読んでいても、それが彼自身の思想と、直結しているとは限らない。


 読みかけの本を閉じ、重ねる。


 書斎の窓辺に寄る。

 花の咲かない、緑だけの庭園が見えた。


 ガラスに手を触れる。


 本を抱えたセティが歩いている。

 ベンチに腰掛け、本を開いた。


 ――その本は、どんな話?

 ――僕の知らないことが、書いてある本なのかな。


 見学者の話でも、王都のカフェに集う人々の話でも、皆、“恋”が好きだ。

 特に男たちは、身体をつなげることへの興味が深い。

 すぐに、女の話になる。


 僕は、興味がない。


 それはホムンクルスだからだと、思っていた。


 生物の本能は“繁殖”に縛られがちだ。

 恋をして、身体をつなぎ、子を成す。

 そうやって、集団として繁栄していく。


 ホムンクルスである僕には、寿命がない。

 終わることのない命。

 次世代を残すことへの焦りがないのは、きっと、そのせいだと考えていた。


 “造られた命”だから、“生物の理”からは、隔たりがあるのだと。

 ――そう、思っていた。


 僕がそうだから、セティもそうだと決めつけるのは、あまりにも傲慢だったかもしれない。


 でも、それでも。

 僕には子宮がない。


 人間以外の生物でも、同性に嗜好性を示す例はある。

 だから、決して異常だとは言い切れない。


 言い切れないけれど……。


 窓の向こうで、セティの黒髪が風に揺れていた。

 ふと、視線を上げ、何かを目で追っている。


 (鳥でも見つけたのかな)


 無表情なのに、今、彼が楽しそうなのが、わかる。


 それは、わかるのに。


 僕は、セティがわからない。



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