拾遺6-3 視線に名前を与えられない
「追加の十銀で案内もできるよ。
……そっか。じゃあ、楽しんできてね」
手を振る。
いつもなら見学者の背が見えなくなるまで見送るが、ふと、アウレリウスはセティを振り返った。
灰の瞳と目が合う。
――しかし、それはすぐに逸らされた。
セティはいつものようにソファに座り、膝の上の本に目を落としている。
――今、目があったよね?
――どうして、そらしたんだろう。
アウレリウスは少しだけ首を傾げ、再び見学者の方を向いた。
彼らの背が遠ざかる。
ソファに移動し、セティの横顔を見つめる。彼は本から顔を上げない。
「セティ」
「……はい」
手をそっと取ると、ようやく彼は顔を上げた。
アウレリウスが微笑むと、セティはきょとんとこちらを見る。
――ちゃんと目が合う。
――さっきのは、気のせいかな。
夕食中。
アウレリウスがふと顔を上げると、またセティと目が合った。
微笑みかけようとすると、セティの口元が「あ」と動き、すぐ視線を落とされる。
――なんで?
部屋に戻る。
ソファに腰を下ろし、髪を縛っていた革紐を外す。癖のついた髪をかきあげたとき、扉のそばに立つセティと目が合う。
また、逸らされた。
「セティ、おいで」
セティは静かに隣へ座った。
――今までも、気づかなかっただけで、こういうことはあったのかな。
手を取って、指を絡める。
――僕を見ていたことを、セティは隠そうとしているみたいだ。
翌日。
案内から戻ったアウレリウスは、なんとなくソファに座っていたセティの前に立ち、額にキスをした。
セティがふわっと手を上げる。
その指先に軽く触れ、小窓の前の机へ戻る。
座る直前、アウレリウスは振り返った。
セティは、自分の唇にその指先を当てていた。
ほんの少し、目を細めて。
アウレリウスはわずかに目を見開き、背を向ける。
――いや、まさか。
――そんなはずない。
椅子に座る。
――本当に?
夜。
アウレリウスはソファにだらしなく腰掛け、背もたれに頭を預け、腕で目元を覆っていた。
(やっぱり、よくわからない)
――わかりたくないのか、わからないのかが、もうわからない。
後から入ってきたセティの視線がこちらに向く。
目は合わない。
ちらりと、脚や胸元に視線が落ち、すぐ逸らされた。
セティはシャツワンピース型の夜着のボタンをきちんと留め、下履きも履いている。
それに対してアウレリウスは下履きを履かず、ボタンも胸元や裾は気分次第だ。
今夜はいつも以上に、留まっていない気がする。
――それに、あの視線は。
「……僕、だらしない?」
軽く笑って問いかけると、セティの肩が小さく揺れた。
「あっ……」
一拍、間。
「……はい」
アウレリウスは苦く笑った。
「……そっか。気をつけるよ」
――やっぱり、そうなのかな。
セティが隣に座る。
アウレリウスはボタンをいくつか留め直し、彼の方を向いた。
腕を伸ばし――
一瞬、触れるのを躊躇する。
それでも、いつも通り抱きしめた。
いつもの温もり。いつもの香り。
離して、見つめ合う。
「セティ」
「はい」
「……愛してるよ」
「僕も、愛しています」
「セティ、君は美しい」
「アウルも、綺麗です」
「セティ、君の尊厳は守られるべきだ」 「アウルも……です」
アウレリウスは小さく頷いた。
セティの澄んだモスグレーの瞳。
――僕の「愛している」とセティの「愛している」は、
もしかしたら、意味が違うのかな。
アウレリウスは、そっと瞳を伏せた。




