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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第六章『名を持たない感情』
123/160

拾遺6-3 視線に名前を与えられない


「追加の十銀で案内もできるよ。

 ……そっか。じゃあ、楽しんできてね」


 手を振る。

 いつもなら見学者の背が見えなくなるまで見送るが、ふと、アウレリウスはセティを振り返った。  


 灰の瞳と目が合う。

 ――しかし、それはすぐに逸らされた。


 セティはいつものようにソファに座り、膝の上の本に目を落としている。


 ――今、目があったよね?

 ――どうして、そらしたんだろう。


 アウレリウスは少しだけ首を傾げ、再び見学者の方を向いた。

 彼らの背が遠ざかる。


 ソファに移動し、セティの横顔を見つめる。彼は本から顔を上げない。


「セティ」

「……はい」


 手をそっと取ると、ようやく彼は顔を上げた。

 アウレリウスが微笑むと、セティはきょとんとこちらを見る。


 ――ちゃんと目が合う。

 ――さっきのは、気のせいかな。




 夕食中。

 アウレリウスがふと顔を上げると、またセティと目が合った。

 微笑みかけようとすると、セティの口元が「あ」と動き、すぐ視線を落とされる。


 ――なんで?




 部屋に戻る。

 ソファに腰を下ろし、髪を縛っていた革紐を外す。癖のついた髪をかきあげたとき、扉のそばに立つセティと目が合う。


 また、逸らされた。


「セティ、おいで」


 セティは静かに隣へ座った。


 ――今までも、気づかなかっただけで、こういうことはあったのかな。


 手を取って、指を絡める。


 ――僕を見ていたことを、セティは隠そうとしているみたいだ。




 翌日。

 案内から戻ったアウレリウスは、なんとなくソファに座っていたセティの前に立ち、額にキスをした。


 セティがふわっと手を上げる。


 その指先に軽く触れ、小窓の前の机へ戻る。

 座る直前、アウレリウスは振り返った。


 セティは、自分の唇にその指先を当てていた。

 ほんの少し、目を細めて。


 アウレリウスはわずかに目を見開き、背を向ける。


 ――いや、まさか。

 ――そんなはずない。


 椅子に座る。


 ――本当に?




 夜。

 アウレリウスはソファにだらしなく腰掛け、背もたれに頭を預け、腕で目元を覆っていた。


(やっぱり、よくわからない)


 ――わかりたくないのか、わからないのかが、もうわからない。


 後から入ってきたセティの視線がこちらに向く。

 目は合わない。

 ちらりと、脚や胸元に視線が落ち、すぐ逸らされた。


 セティはシャツワンピース型の夜着のボタンをきちんと留め、下履きも履いている。

 それに対してアウレリウスは下履きを履かず、ボタンも胸元や裾は気分次第だ。

 今夜はいつも以上に、留まっていない気がする。


 ――それに、あの視線は。


「……僕、だらしない?」


 軽く笑って問いかけると、セティの肩が小さく揺れた。


「あっ……」


 一拍、間。


「……はい」


 アウレリウスは苦く笑った。


「……そっか。気をつけるよ」


 ――やっぱり、そうなのかな。


 セティが隣に座る。

 アウレリウスはボタンをいくつか留め直し、彼の方を向いた。


 腕を伸ばし――

 一瞬、触れるのを躊躇する。


 それでも、いつも通り抱きしめた。


 いつもの温もり。いつもの香り。

 離して、見つめ合う。


「セティ」

「はい」


「……愛してるよ」

「僕も、愛しています」


「セティ、君は美しい」

「アウルも、綺麗です」

「セティ、君の尊厳は守られるべきだ」 「アウルも……です」


 アウレリウスは小さく頷いた。

 セティの澄んだモスグレーの瞳。


 ――僕の「愛している」とセティの「愛している」は、

 もしかしたら、意味が違うのかな。


 アウレリウスは、そっと瞳を伏せた。


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