拾遺6-1 手を差し出す癖
王都オルドンからほど近い、湖のほとりに建つ――グレイブハル城。
風光明媚なこの城は、いつしか観光名所として知られるようになった。
美しく、
静かで、
それでいて、どこか不思議な場所として。
この城を守るのは、
錬金術によって生み出された二体の――ホムンクルス。
絶世の美貌を持つ青年、アウレリウス。
そして、彼の手によって生まれた少年、セティ。
その誕生に祝福があったのか。
それとも――
それを知る者は、誰もいない。
世界から弾かれたこの城に封じられた、
厳かな秘密である。
◇
朝、目を覚ますと、セティはすでに部屋にはいなかった。
身支度を整えて階下へ降りると、小さな台所から物音がする。
ここも、水回りの改築の際に手を入れた場所だ。
もともと城にあった調理場は二人には広すぎたため、使用人用の休憩室だった一室に、最低限の設備を整えた。
この小さな台所は、二人にとって、自然と足が向く場所になっている。
「おはよう、セティ」
声をかけると、セティが振り返る。
「おはようございます、アウル」
アウレリウスは背後からセティを抱きしめた。
紅茶を淹れる手は止まらない。
拒む気配もない。
「セティ、大好き」
返事はないが、笑っている気配が、確かにあった。
「アウル。紅茶が入りました。危ないです」
促されて腕を解くと、セティは淡々とカップをテーブルに並べる。
表情は、いつも通りだ。
何気なく手を差し出すと、セティは一瞬きょとんとしてから、素直に手を重ねてきた。
指を絡めると、思わず笑みがこぼれる。
「かわいい」
その瞬間、セティは眉を歪め、すっと手を引いた。
「あれ?」
呆然とするアウレリウスを置いて、セティは席につき、向かいの椅子を示す。
「朝ごはんです。座ってください」
「……うん」
いつも通りの、穏やかな朝。
昼。
受付室の小窓から雲を数えていると、どこかへ出かけていたセティが戻ってきた。
ソファに腰を下ろす気配。
アウレリウスも隣へ移ると、クッションがわずかに沈む。
セティは気にも留めず、本を開いた。
しばらく眺めてから、腕を伸ばして抱き寄せる。
――やはり、拒まれない。
されるがままの姿に、アウレリウスは肩を軽く叩いて立ち上がり、小窓の前へ戻った。
――これも、いつも通りの昼。
夜。
燭台の明かりが揺れる部屋で、並んでソファに座る。
セティは背筋を伸ばし、アウレリウスは彼に体を預けるように、少しだらしなく。
それなりの重さがかかっているはずだが、セティが嫌がったことは、一度もない。
一度起き上がり、向き直って抱き寄せる。
本は読みづらそうだが、やはり拒まない。
――いつからだろう。
――セティが、自分から触れてこなくなったのは。
――生まれてすぐの頃は、
あんなに無邪気に抱きついてきたのに。
片腕で抱いたまま、もう一方の手を差し出すと、セティはその上に手を乗せた。
思わず、笑い声が漏れる。
――条件反射になっているのかな。
――本当に、かわいい。
夜もまた、静かに過ぎていく。
このまま、何も起こらず、穏やかな日々が続けばいい。
アウレリウスは、そう思った。




