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グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第五章『境界を守るもの』
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拾遺5-6 塔に近づくもの


 その日の夜、食事を終えたセティは、一人で城の見回りに出た。


 燭台を手に、暗い廊下を歩く。

 石床に足音が吸い込まれていく。


 セティが向かったのは、グレイブハル城の別棟にある観測塔だった。


 裏口から外へ出る。

 草を踏むと、ブーツがわずかに湿る。


 土と、草と、湖の匂い。

 今日はそこに、霧の匂いが混じっていた。


 城と同じ灰色の石で造られた塔。

 古い木の扉に手をかけ、ゆっくりと開く。


 燭台の灯りが、闇を押し分ける。

 螺旋階段は、どこまでも続いているように見えた。

 一階には倉庫があるが、それ以外に部屋はない。

 セティは黙って、階段を上った。


 最上階。

 四本の柱が尖った屋根を支え、低い石塀がぐるりと囲んでいる。

 石壁に腰を掛け、足を外へ出して、ぶらぶらと揺らした。


 昼間より霧は薄い。

 滲んだ月が、静かにこちらを見下ろしている。


 セティは、じっと耳を澄ませた。

 静かすぎて、聞こえるのは自分の鼓動だけ。


 緑がかった灰色の瞳は、いつのまにか緑を濃くし、ぼんやりと光っていた。


「境界を犯そうとするものは、消さなくちゃ」


 誰に聞かせるわけでもない声。

 それでも、どこかで賛同する気配が、確かにあった。


 アウレリウスは、この塔には決して近づかない。

 音楽室や、スモーキングルーム、撞球室――

 彼が興味を示さない部屋とは、明らかに違う。


 この塔だけは、避けている。


 理由は分からない。

 けれど、分かってしまう気もした。

 この場所には、痛みと後悔が、強く残りすぎている。


「守らなくちゃ」


 セティの黒髪が揺れる。

 アウレリウスが結んでくれた、深い緑のリボン。


「どうして、皆触ろうとするんだろう。

 ……きれいだから?」


 答えるものは、ここにはいない。


「アウルは、とてもきれいだ。

 きれいだから、きれいなまま守りたい。

 それは、おかしいこと?」


 揺らしていた足を止める。


「なぜ、そっとしておいてくれないの?」


 星も見えない夜は、あまりにも静かだった。


「宗教?

 ……ことわり?」


 創造神オルドのモチーフは、月と輪を持つ星。

 ここから見えるのは、輪郭の滲んだ月だけだ。


「僕には、よく分からない」


 足元は闇。

 夜の塔からでは、下に何も存在しないように見える。


「閉じ込めておけたら、いいのに。

 そうしたら、ずっと僕だけのアウル」


 右手を見る。

 アウレリウスがよく指を絡めてくる手。

 さきほど、彼を抱きしめた手。


「そんなことしたら……嫌われちゃうかな」


 左手を重ね、指を組む。


「アウルの瞳を、二度と翳らせないって決めたのに」


 ――この気持ちは、知られてはいけない。

 ――彼への情欲も、独占欲も。


「僕は、アウルの“セティ”なんだから」


 指をほどき、石の塀に触れる。


「大丈夫。言わないよ。

 僕は、彼を守るだけ。

 僕から壊したりなんか、しない」


 塀をさすり、セティは腰を上げた。

 置いていた燭台を手に取り、再び螺旋階段を降りていく。


 足音が、少しずつ遠ざかる。


 どこからか、城が――パチリと音を立てた。


 それはまるで、

 セティの背を押すように。


 それはまるで、

 セティに警告するように。



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