拾遺5-3 雷鳴の日
あれから、また数日が過ぎた。
その日は、朝から雷雨だった。
雨粒が石壁を叩き、空の明滅が廊下を揺らしている。
いつものように人の気配を感じ、玄関ホールへ降りると――あの男がいた。
アウレリウスは眉をひそめる。だが男は、その表情すら楽しむように笑った。
「そんな顔も美しいのだから、罪だな」 「……見学?
なら、そこら辺に銀貨を置いて、好きに見ていいよ。前回、君は僕の説明をほとんど聞いていなかったでしょ」
背を向けて階段を上ろうとした瞬間、肘を強く引かれる。
「隣に並んで、話してくれるだけでいい。それだけで私は気分がいい」
「……僕はアクセサリーでも小鳥でもないんだ。ごめんね」
「まぁいい。行こう」
男は再び、胸元のポケットに銀貨を無理やり押し込み、満足げに笑った。
アウレリウスは小さくため息をつき、距離を置いて後を追う。
火の灯らないシャンデリアが雷光に瞬く。
城の各所に施された月と輪を持つ星の文様が、ただ黙って彼らを見下ろしていた。
回廊で外を見上げる。
雨音がやけに大きい。
閃光。続いて雷鳴。思わず目を閉じる。
「近くに落ちたな」
顔を上げると、男はすぐ目の前にいた。
その視線は顔ではなく、体を這う。
「……天気が悪いのに、よく来ようと思ったね」
「王都は穏やかだった。この城が私を拒んでいるのかもしれんな」
稲光。
「私は欲しいものは手に入れる」
アウレリウスは眉を寄せた。
「……それって――」
肘を強く掴まれ、引かれる。
エドマンドの部屋は素通りされた。
夫人の部屋の前で、アウレリウスは手を振りほどく。
男は笑ったまま、一人で部屋に入った。
小さな音。
天蓋付きのベッドの脇に金貨が落ちる。
「拾ってくれ」
「……どうして僕が?」
「客が困っているんだ。早くしろ」
ため息をつき、金貨に近づいて腰をかがめた瞬間――
肩を強く押された。
腕を取られ、ベッドに縫い止められる。
笑いながらのしかかる体。服に触れ、肌に触れる手。
男の目は濁り、こちらを見ていない。
だが、その動きが急に止まった。
悲鳴。
男の目にだけ、見えていた。
全身鎧の兵士。
鈍く光る斧が振り上げられ、のけぞった胸に叩き込まれる。
血が噴き出す。
もう一度、悲鳴。
男はベッドから転げ落ち、立てず、這うように部屋を出ていった。
音が遠ざかる。
アウレリウスは、呆然とそれを見送る。
部屋には何もない。
彼には何も見えなかった。
兵士も。
血も。
床に落ちているのは、引き剥がされた自分のクラヴァットだけ。
雷光が室内を白く塗る。
ベッドの縁に座り、自分の体を抱いた。
「……怖かった。
もう二度と来ないでほしい……」
激しかった雨音が、ゆっくりと和らいでいく。
窓の外に、光が差した。
彼は、少しだけ泣いた。




