表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
グレイブハル城の観測者  作者: かも ねぎ
拾遺 第五章『境界を守るもの』
115/160

拾遺5-2 境界の縁


 それはまだ、セティが生まれる前。

 アウレリウスは、いつも一人で見学者を迎えていた。


 晴れの多いグレイブハル城だが、その日は霧が出ていた。

 まだ受付室もない時代。


 人の気配を感じ、アウレリウスは玄関ホールへ降りていく。

 そこには一人の紳士が立っていた。

 男はアウレリウスを見るなり、目を見張る。


「こんにちは。見学かな?」


 声をかけると、その声にも驚いたようだった。


「……男なのか」


 アウレリウスはきちんと男性的な服装をしている。だが顔貌と柔和な雰囲気のせいか、こうして性別を確かめられることは珍しくなかった。


 アウレリウスが近づくと、男は手を伸ばし、彼の襟に触れた。布を少しずらし、親指で喉仏をなぞる。


「ふぅん」


 アウレリウスは眉をひそめ、その手首を取った。


「やめてくれる?」


 男は口を歪めて笑う。


「いや、失敬した」


 そう言いながら、今度は腰に腕を回し、歩き出そうとした。


「あぁ、いかん。見学料と案内料だったな」


 男は懐から財布を取り出し、銀貨を適当に掴むと、アウレリウスのコートの内ポケットへ無理やり押し込んだ。服の上からその位置をポンポンと叩く。


「……君は……」

「なんだ? 褒め言葉なら受け取ってやる」


 アウレリウスは視線を伏せる。


「……行こうか。

 僕にはあまり触らないで」


 先に歩き出すと、男は肩に腕を回してついてきた。


 順路を進むあいだも、肩、腰、手に頻繁に触れてくる。無遠慮な触り方に、さすがのアウレリウスも辟易としていた。


 二人は“主人の部屋”へ辿り着く。

 男はエドマンドの部屋には入りたがらなかった。


「……気味が悪い部屋だな」

「……そうかな?」


 彼以外にもこの部屋を避ける者は多い。侯爵という重い立場の男の部屋。重厚な調度の一つ一つが威圧するのだ。


 男はアウレリウスの腰を押し、さっさと次の部屋へ向かった。


 “夫人の部屋”は陽がよく入り、落ち着いた壁紙の中にも華やかさがある。


「この部屋はいいな」

「……それは良かった」


 アウレリウスはバルコニーの扉を開けた。外気に触れ、ようやく息がつける気がする。黒鉄の柵に手を置いた。


 次の瞬間、背後から抱きつかれた。


「え……何?」


 腕を解こうとするが、男の力は強い。体を密着させ、服越しに身体を弄る。

 不快さに、アウレリウスは思わず目を強く閉じた。


 そのとき――

 金属を強く打つような音。


 二人はびくりと肩を震わせる。


 一瞬だけ力が緩むが、逃れきれない。


 そして。

 ――雨。


 バケツをひっくり返したような豪雨が、突然降り注いだ。


「うわ! なんだこれは!」


 男はアウレリウスを離し、自分だけ室内へ戻る。


「なんだこの雨は!

 ……興がそれた。俺は帰る!」


 足音を荒く鳴らし、去っていった。


 アウレリウスは黙ってその背を見送る。


 雨に打たれながら、その場に膝をついた。

 金の髪が肌に貼りつく。

 ポケットの中の銀貨がかすかに鳴る。


 雨が霞を作っていた。


 柵にもたれるように息を吐く。

 触れられた肩や胸元を、雨が濡らしていく。


 まるで、穢れを洗い流すかのように。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ