拾遺5-1 揺らぐ箱の縁
王都オルドンからほど近い、湖のほとりに建つ――グレイブハル城。
風光明媚なこの城は、いつしか観光名所として知られるようになった。
美しく、
静かで、
それでいて、どこか不思議な場所として。
この城を守るのは、
錬金術によって生み出された二体の――ホムンクルス。
絶世の美貌を持つ青年、アウレリウス。
そして、彼の手によって生まれた少年、セティ。
その誕生に祝福があったのか。
それとも――
それを知る者は、誰もいない。
世界から弾かれたこの城に封じられた、
厳かな秘密である。
◇
創造神オルドは、神の御遣いセリスの背に問う。
『お前は何を守る』
セリスは応える。
『父が守れと言ったものを』
オルドは笑った。
『それはお前が勝手に決めたのだ。私は箱を作った。箱が壊れれば、新たな箱を作るまで』
セリスは泣いた。
『私は箱を壊したくなかったのです』
太陽神ソラエは怒った。
『壊れた箱は燃やしてしまえ』
オルドはソラエを笑った。
『なぜ燃やさねばならぬ。放っておけばよい』
ソラエも笑った。
『お前の作ったものはつまらぬ』
オルドは怒った。
『お前の作ったものは美しくない』
こうして神々は争った。
セリスは壊れた箱を抱いて泣いた。
神々はセリスを二度と見ることはなかった。
――聖典三十二章より抜粋
◇
アウルは、ほとんど無意識に“彼なりの節度”を守って人に触れている。
見学者にも、腰に触れたり、手を握ったり、簡単にする。
でも、直接肌に触れるのは手だけ。
僕にも、抱きしめたり、指を絡めて手を握ったりするけれど、キスをするのは額だけ。
肌に触れるのも、額と、手と頬だけだ。
距離は近い。
でも、それ以上は絶対に踏み込まない。
それがアウルの“節度”であり、“境界”。
――だけど、それは揺らぐこともある。
僕が、守らなければ。
アウルの“境界”を。
誰にも触れさせたくない。
アウルに触れてほしい。
僕は触れたい。
アウルが、僕に背を向けて見学者を見送っている。
その背に手を伸ばそうとして――
やめる。
だめだ。触れちゃいけない。
振り返ったアウルは、宙に浮いた僕の手を見て、にこりと笑った。
そして、腕を伸ばして僕を抱き寄せた。
――彼は、あまりにも無防備だ。
だから、僕が守らなければいけない。




