拾遺4-1 触れられなかった書
郊外に建つ、古い邸宅。
軋む音を立てて扉が開き、人が入ってくる。
木板はところどころ剥がれ、敷かれた絨毯は擦り切れていた。
黴の匂いが、薄く、しかし確かに漂っている。
邸宅に足を踏み入れたのは、最近家督を継いだらしい二人だった。
似た背格好の彼らは、兄と弟だろう。
ブーツが床を踏むたび、低い軋みが邸内に響く。
「うわ……ずいぶん古いな」
「長いこと、人の手が入ってなかったんだろう」
「そうらしい。ここ自体、存在を忘れられていたみたいだ」
部屋は多い。
だが、人を招くための邸宅というより、静かに身を潜めるための家――そんな造りだった。
長らく人の出入りのなかった空間には、冷えた空気が澱のように溜まっている。
「大貴族の別荘の一つ、だったんだよな?」
「だからって、こんな建物を忘れるか?」
壁に手をついた兄が、眉をひそめる。
指先が白く汚れていた。
ハンカチで拭いながら、周囲を見回す。
「……やっぱり、だいぶ傷んでるな」
「家具くらいは売れるかもしれない。業者を呼ぼう」
「ここまで来たら、更地にして売ったほうが早いかもな」
弟が、近くの部屋を覗き込む。
「……本が多いな」
「それなら値がつくか?」
「さあな。でも、何もないよりはマシだ」
二人は部屋に入った。
本棚から数冊を抜き取り、ぱらりと開く。
紙に顔を近づけ、匂いを確かめた。
「……黴臭い」
「売れるかどうかは、業者次第だな」
「じゃあ、今日はここまででいい」
本はテーブルの上に戻される。
二人はそれ以上中を見ようともせず、部屋を後にした。
扉が閉まる。
――その直後。
一冊の本が、本棚から静かに落ちた。
誰も触れていない。
風も、音もない。
それでも、本はひとりでに開き、
ぱら、ぱら、と、
まるで読まれるのを待つかのように、頁をめくった。




