拾遺3-7 『緑の継ぎ目に立つ人』最終話
とある日。
朝の掃除を終えたセティは、本を抱えて庭園へ向かっていた。
うねるような石畳を歩き、花をつけないライラックの木の下で立ち止まる。足元に、一枚だけ落ちていたハート形の葉を拾い上げた。
艶のある、深い緑。
葉の隙間から落ちる光が、セティの頬に淡い文様を描いている。
茎を指先でくるくると回しながら、セティは再び歩き出した。
視界がひらけた先。
低木に囲まれた内側に、先日アウレリウスが運んだテーブルと椅子が置かれている。
そして――その向かい。
「こんにちは、セティちゃん」
ベンチに腰掛けていたモルガナが、楽しそうに微笑んだ。
つばの広い黒い帽子に添えられた、淡いピンクの花が揺れる。
セティは思わず肩をすくめる。
「こんにちは、モルさん……」
モルガナは隣をぽんぽんと叩いた。
「座って」
「……アウルを呼んできます」
「それは後でいいわ」
柔らかい声なのに、断れない圧がある。 セティは少しだけ迷ってから、素直に彼女の隣に腰を下ろした。
テーブルの上には、甘い香りの包み。
「……アップルパイ、ですか?」
「そうよ」
モルガナは身を寄せ、声をひそめる。
「セティちゃん。無理しちゃだめよ」
セティは包みから目を上げ、モルガナを見る。
「背負うものが、大きすぎるわね」
風が吹き、モルガナは帽子を軽く押さえた。
「私とあなたは似てる。少しだけね。
でも、与えられた場所は全然違うわ。
私は本来、あなた達と会話するような場所にはいなかった」
モルガナは膝の上で本を持っていたセティの手に、自分の手を重ねる。
黒いレースの手袋は、光を吸うように静かだった。
「でもね、私は人間なの。
恋もするし、過ちも犯すわ。
だから、自分で選んだの。
今日はここで、セティちゃんとお話しようって」
葉擦れの音。
小鳥のさえずり。
「私たちが戴いているものは、水みたいだわ。
甘くて柔軟で優しいの。でも、時にひどく冷たい」
モルガナはにっこりと笑う。
「ねぇ、結局は心に従った方がいいわ。押し倒しちゃえばいいのよ」
「……何をですか?」
「セティちゃん。あなたが選ぶのよ」
セティは小さく息を呑む。
モルガナは手を自分の膝の上に戻し、空を仰いだ。
「……アウレリウスを呼んできてくれる?
お茶にしましょう」
「……はい」
セティは立ち上がる。
数歩歩いてから、ふと振り返る。
彼女が、消えてしまいそうな気がして――。
モルガナは変わらぬ微笑みで、小さく手を振った。
それだけで、なぜか胸の奥が落ち着く。
理由は、分からない。
花をつけないグリーンガーデンが、さわさわと葉を揺らしていた。
◇
湖畔に建つ、グレイヴハル城。
静かで、美しく、
どこか不思議なこの城は、
月と、輪を持つ星の影に佇んでいる。
創造神オルドが世界を組み、
太陽神ソラエがそれを見つめる、
その只中で。
息を潜め、
語られぬ秘密を抱いたまま。
ホムンクルスである二人は、
この城で、今日も静かに暮らしている。
誰に知られずとも、
それでも――世界は、続いていく。




