拾遺3-5 王を観測する者
開城日のその日。
セティは案内に出ており、アウレリウスは一人、受付室の小窓の前に座っていた。
窓から差し込む柔らかな光が、やんわりと部屋を撫でている。
穏やかな陽気に誘われるように、アウレリウスは机に肘をつき、顎を預けて、うつろうつろとしていた。
ふと、影が落ちる。
はっとして顔を上げると、小窓の前にモルガナが立っていた。
いつも通り、黒ずくめの服装で。
「こんにちは。
お昼寝? あなたも寝るのね」
「……モル」
「遊びに来たわ」
アウレリウスは困ったように前髪をかき上げ、受付室内のソファを指さした。
「……ここに来る?」
「この部屋の中に? 私が入ってもいいのかしら」
「今日は開城日だから、僕はここにいたいんだ」
「もう見学者は来ないと思うわ」
「……そっか。
でも、迎えに行くから、ここへおいでよ」
「わかったわ」
席を立ち、玄関ホールへ続く扉を開ける。
モルガナはゆったりと歩いて近づき、二人は並んで受付室に入った。
「ここは後から造った部屋なのね」
「そうだよ」
小ぶりな二人掛けのソファを示すと、モルガナが座り、アウレリウスもその隣に腰を下ろす。
「……アウレリウスは、人との距離が近いのね」
きょとんと、彼はモルガナの黒い瞳を見る。
「……このソファが小さいから?
僕、向こうへ行こうか」
「いいえ」
柔らかく首を振られた。
「あなたは、ここにいていいのよ」
白檀の香りが、ふわりと立つ。
「ここは……落ち着くわね。
あなたが本気を出せば、世界は甘い水で満たされるでしょう。
でも、綺麗すぎる水は息苦しいの。
それに――覚えておいて。
水を汚したがる人は、あなたが思っている以上に多い。
私は、ほどほどに澄んだ水が好きよ。
だから……気をつけなさいね」
アウレリウスは眉を寄せる。
「モルの言葉は、少し難しいね」
彼はそっと、モルガナの手を取った。
いつもの癖で指を絡めようとして――彼女は静かに手を離す。
そして、指を絡めずに、もう一度、手だけを握った。
「手は、こうやって握るのよ」
「……そう」
アウレリウスは、二人の手元をじっと見つめる。
「ねぇ。
この城は、あなたを王に据えたがっているのに、気づいていないの?
それとも、気づいていて無視しているの?」
視線が上がる。
「王?」
「今日、私がここへ来たのは、あなたが呼んだからよ。
話したいんでしょう?」
モルガナは微笑む。
「セティちゃんに聞かせたくないなら、王都の私のお店に来て。
安くしてあげる」
「……ただじゃないんだ」
「もちろん。私だって見学料は払ったわ」
アウレリウスは苦く笑った。
「今さらだけど……お茶、飲む?」
「いただきたいわ」
「用意してくるね」
握られていた手を、軽く二度ほど叩いてから、そっと引き抜く。
立ち上がり、台所へ向かう。
モルガナは黙ってその背を見送った。
扉が閉まる。
「……重たい気配ね。
過保護というより、守護かしら」
宙に放った言葉は、そのまま床に吸い込まれていった。
盆にカップを二つ載せて戻り、再び隣に腰を下ろす。
「お茶の種類、少ないのね」
「あはは。日頃はセティと二人きりなんだ。許してよ」
「いいわ。今度、持ってきましょうか。
求められるって、嬉しいもの」
淡く笑いながら、アウレリウスはカップを持ち上げる。
「また来るつもりなの?」
「私たち、お友達でしょう?」
「僕とは友達にならないって言ったじゃないか」
「あら。恋人になりたいの? お断りよ」
視線が、しっかりと交わる。
アウレリウスは諦めたように、息をついた。
「……友達になろうよ」
「いいわ。またアップルパイを焼いてあげる」
「……モルは、アップルパイが好きなんだね」
「それしか作り方を知らないだけよ」
声を立てて笑う。
「モルは、少しセティに似てるね」
「それは光栄だわ」
小窓の向こうで、小鳥がさえずる。
部屋の空気は、淡く、穏やかだった。




