拾遺3-4 招かれたのは誰か
閉城日。
アウレリウスは厩で馬の世話をしていた。
馬の首を撫で、蹄の様子を確かめ、湖から届く水音に耳を澄ます。
――ふと、背後に気配を感じた。
彼は顔を上げ、振り返る。
理由は分からない。だが、急いだほうがいいと、身体が先に判断していた。
簡単に後始末をし、まくっていた袖を下ろしながら、玄関へと足早に戻る。
玄関から伸びる石畳の先。
内門の鉄扉の向こうに、ひとりの女性が佇んでいた。
「ごめんください」
アウレリウスは慌てて駆け寄る。
「……モルじゃないか。どうしたの?」
モルガナは、手にしていた包みを少し持ち上げてみせた。
「アップルパイを焼いたの。
お茶にしましょう。黒髪の紳士の子も一緒に……」
「……え」
モルガナは不思議そうに首を傾げる。
つばの広い帽子の花飾りがわずかに揺れ、背に流した黒髪がふっと香り立った。
白檀を思わせる、神聖で、少し甘く乾いた香り。
「……私、“お茶にしましょう”ってお誘いするの、忘れていたかしら」
「あぁ、いや。ちゃんと声をかけてくれたよ。
僕が、本当に来るとは思ってなかっただけなんだ。驚いちゃった。ごめんね」
アウレリウスは鉄扉の鍵を開け、モルガナを中へ通す。
彼女の荷物を受け取り、少し考えるように顎に手を添えた。
「グレイブハル城には、サロンらしい場所が残っていないんだ。どうしよう」
モルガナは右手をすっと上げる。
「……緑のお庭がいいわ。素敵でしょう?
座るところはあるのかしら?」
「……ベンチはあるけど、テーブルはないよ」
「上等ね。お茶を淹れてくださる? お水でもいいわ」
彼女は迷いなく歩き出そうとする。
慌ててアウレリウスが前に出て、手を差し出した。
モルガナはそれを見て、小さく笑い、その手に自分の手を重ねた。
二人は連れ立って、グリーンガーデンへ向かった。
アウレリウスが倉庫からガーデン用のテーブルと椅子を運び出し、セティがお茶と、小皿に盛ったアップルパイを持ってやって来る。
庭をふらりと歩いていたモルガナも、自然とベンチへ戻ってきた。
姿勢よく腰掛け、立ったままのセティを見上げる。
「こんにちは、黒髪の紳士さん。
私、モルガナ・エウラリア・ノクティルカ・ヴェルデグリス。
“モル”って呼んで。
あなたのお名前は?」
「こんにちは。僕はセティです」
「セティちゃん。お隣に座って」
彼女は自分の横を、とんと叩いた。
セティは一瞬だけ視線を泳がせ、それから素直に腰を下ろす。
アウレリウスは、斜め向かいの椅子に座った。
「面白いお庭だわ」
モルガナは、花の咲かない庭を見渡す。
花はないのに、確かに花のような香りが漂っている。
空は高く澄み、鳥が囀りながら青を横切っていった。
「……そうなのね。このお庭も……」
言葉は途中でほどけ、風に溶ける。
アウレリウスとセティは目を見合わせ、何も言わず、彼女を見守った。
やがてモルガナは、セティへ視線を向ける。
「お茶、美味しいわ。ありがとう。
セティちゃんは、心も澄んでいるのね」
「……いえ。人に振る舞うのは初めてで。
アップルパイ、とても美味しいです」
「ありがとう」
「うん。本当に美味しいよ。持ってきてくれてありがとう、モル」
アウレリウスがそう言うと、モルガナも小さく笑った。
「恋人にするなら、アウレリウスがいいわ。
お友達になるなら、セティちゃんにする」
アウレリウスはきょとんと彼女を見る。
モルガナは何事もなかったかのように、アップルパイを口に運んでいた。
視線に気づいて、彼女が顔を上げる。
「……アウレリウスも、お友達にしてあげてもいいわ。気が向いたらね」
アウレリウスは声を立てて笑った。
「そっか。あはは。少し残念な気もするな」
風が吹き、葉擦れの音が広がる。
ベンチを囲む低木の、白い斑の入った葉が、やわらかく光を返していた。
それを見て、モルガナはふわりと笑う。
「私、招かれているみたい。
緑がきらきらしているわ。嬉しいわね」
アウレリウスたちは、友人を作ることを好まない。
だが、彼女だけは――そこにいることが、最初から許されているように感じられた。
“招かれている”という意味を、アウレリウスも、セティも、理解できない。
それでも、それが嘘ではないことだけは、
二人にも、なぜか分かっていた。




